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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
851/963

黄金の瞬~109~

 鑑京に帰還してからの章堯は、度々の発熱を繰り返しながらも、高熱で倒れこむことはなく、日々の政務をこなしていた。そして半年後、章銀花が子供を産んだ。男児だった。

 「姉上から名前をつけてくれと頼まれた。私はこの子を高至と名付けることにした」

 章堯は我が事のように喜んだ。誰の子であれ、新生児の誕生はめでたいことである。朝堂に集まった閣僚達は口々に祝いの言葉を述べた。だが、次の一言がそのめでたい空気に水を差した。

 「私はこの子を養子にしたいと思う」

 近臣達の間で緊張が走った。章堯はまだ独身である。そのまま独身であれば、生まれたての赤子が次期国主となる。それならば問題ないのだが、章堯が結婚し、子供が生まれればどうなるか。後継者をめぐって争いが生まれる可能性を秘めていた。

 「主上、待ちください。主上は独身でありますが、いずれ子を成す可能性があります。まだ養子を取られるのは早いと思われますが……」

 真っ先に口を開いたのが魏房だった。こういう時、率直に章堯にもの言えるのは魏房しかいなかった。

 「可能性のことばかり話をしても仕方あるまい。今、私に子がいないのは事実だ。養子を取って後継としてもおかしくなかろう」

 この時、章堯が自分の体調を憂慮して章高至を養子にしたと一般的には言われている。章堯自身、そのことの真意については何も語らなかったが、同時期に自分の体調を気にするような発言がなかったから、姉と篆高国の子に国主の地位を譲りたかったのではないかとも言われている。

 「ですが、主上の娶嫁の話すら出ておりません。まだ時期尚早と申し上げたいのです。ご養子のことはまだ先のこととしてもよろしいではありませんか」

 「……魏房の言うとおりかもしれんな。養子のことは後のこととするか」

 魏房の言葉を受け入れた章堯は、やや疲れた様子で朝堂を後にした。


 それから数週間後、章堯は高熱を発した。これまでにない高熱で、寝台に倒れこんだ章堯は起き上がることもできなかった。

 「ここまでの高熱は私も診たことがありません。しかも度々の発熱とは……」

 章堯のために印国中から医者が集められ、対応に当たっていた。彼らは印国の中でも名立たる名医であったが、彼らをもってしても章堯の病状は首をひねった。

 「お悪いのか?」

 医師から説明を受けた魏房は声を潜めた。

 「なんとも……しかし、このまま熱が下がらなければ相当危ないとだけ申しあげておかねばなりません」

 医師の言葉に魏房は天を仰いだ。

 『なんということだ……。主上は国主となり海嘯同盟を滅ぼすという偉業を成し遂げ、これから印国の繁栄が始まるというのに……しかもまだお若い』

 人の人生としてはあまりにも残酷過ぎる。章堯という若者は一瞬のきらめきを見せて、瞬く間に消えていく。これほどの偉業を成し遂げた男ならば、まだこの世でやるべき仕事があるのではないか。魏房にはそう思えてならなかった。

 「ひとまず治療に専念してくれ」

 魏房は医師に命じると、近臣を呼び集めた。最悪の事態に備えて協議しておかなければならなかった。


 魏房は章堯の近臣隗良、左沈令、松淵、そして章堯の唯一の肉親と言うべき章銀花を招いた。

 「医師はすぐにはどうということはないと言っているが、このままの病状が続けば危ないとも言っている。我らとしては最悪の事態を考えなければならないと思う」

 魏房の言葉に隗良は息を深く吐き、左沈令は苛立つように膝を打った。若い松淵は明かに動揺していた。

 「魏様。私は主上の身内ですが、政治的なことに関わるつもりはありません。主上もそれを望んでおりませんが……」

 章銀花が遠慮がちに発言した。腕には乳飲み子を抱えており、この場に呼ばれたこと自体、本意ではないという様子だった。

 「銀花様。そういうわけには参りません。もし主上に何かあった時は、あなたかあなたの御子が国主となるのです」

 魏房は躊躇わずに言った。章銀花の顔に緊張が走った。

 「魏房!不吉なことを申すな!」

 左沈令が席を立って叫んだ。すると章高至がぐずり始めた。

 「これは……ご無礼」

 左沈令が申し訳なさそうに座った。

 「将軍。私も不吉なことは言いたくない。しかし、現実として我らは備えておくべきなのだ。そうでなければ、この国はまた混乱する」

 魏房としては章家による印国支配体制を確立させたいと考えていた。それ以外に印国を安定的に治める方法はなく、そのためには章堯の血縁が跡を継がねばならぬと信じていた。

 「魏様……私は女ですし、この子はまだ赤子です」

 「承知しております。承知の上で申し上げております。もはや銀花様も高至様も国主の一族であるとご理解ください」

 よろしいですか、と魏房は有無を言わさなかった。章銀花は眉を顰めるだけだった。

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