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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
850/963

黄金の瞬~108~

 鑑京に到着するまで、章堯は度々発熱を繰り返した。しかし、静養が必要となるほどのものではなく、軍医が煎じる薬湯を飲むことで回復したので章堯を含め誰しもが大したことあるまいと思っていた。

 しかし、鑑京を目前とした夜、近臣と食事を取っていた章堯は、突如として嘔吐し、その場に倒れたのである。

 「主上!」

 一番近くにいた魏房が駆け寄り、額に手を当てると驚くほど熱かった。

 「軍医!」

 隗良が叫ぶと、軍医がすぐ駆けつけてきた。ひとまず軍医の指示のもと寝台がある天幕に運び、無理やりに薬湯を飲ませた。

 「主上のお加減はどうなんだ?」

 魏房が代表するように訊いた。軍医はやや躊躇いを見せつつ口を開いた。

 「薬湯で熱を冷まさせましたので小康を得ております。しかし、こうも発熱を繰り返すという病状は聞いたことがありません」

 「単にお疲れということはないのか?」

 「その可能性もありますが……」

 「はっきりとせんのだな!」

 軍医の歯切れの悪さに魏房は苛立ちを見せた。だが、軍医に腹を立てたところで何も始まらぬと思いなおし、隗良と左沈令を誘って天幕を出た。

 「すぐにどうのこうのということではなかろうから、ここで止まったままよりも鑑京でご静養いただいた方がいいと思うが、ご両人の考えはどうだ?」

 魏房が隗良と左沈令に意見を求めた。二人とも異存はないようで同意した。


 翌朝、寝台に寝かされたままの章堯は荷馬車の荷台に乗せられた。

 「私は病人じゃない。兵車で行く」

 まだ発熱はあるものの、意識はしっかりとしている章堯は寝かされたまま運ばれることを嫌った。しかし、体が思うように動かないことは当の本人が一番よく知っていた。

 「鑑京ならばもっと本格的な治療もできると軍医も申しております。今は我慢ください」

 魏房が章堯を窘めた。章堯は苦笑いしてそれ以上はなにも言わなかった。

 軍勢は粛々と鑑京へと帰還した。鑑京が近くなると、章堯の体調も随分と回復し、寝台から起き上がるようになっていた。

 「勝利しての凱旋だ。ここからは兵車に乗るぞ」

 その点は章堯は譲らなかった。魏房達も章堯の体調が小康を得ていたのでこれを認めた。章堯は鑑京に入る直前に兵車に乗り換えた。

 章堯軍の凱旋は実に盛大なものとなった。鑑刻宮へと続く大路には多くの人々が集まり、沿道を埋めた。鑑京の人間すべてが詰め掛けたと言われても過言ではないと思えるほどだった。

 章堯は兵車に立ち、沿道に駆けつけた民衆に手を振って応えた。しかし、傍に立つ魏房は気が気でなかった。章堯が薄っすらと額に汗を浮かべていたのだ。

 『また発熱をしておられる……』

 魏房としてはすぐにでも章堯を寝かすか座らせたかった。しかし、国主としての対面に関わることなので章堯は拒否するだろう。それは分るからこそ魏房は早く鑑刻宮に辿り着けと念じていた。

 鑑刻宮の中に入ると章堯は崩れるように座り込んだ。

 「主上!」

 「大丈夫だ……。ちょっと疲れただけだ」

 章堯は魏房の肩を借り立ち上がった。魏房は輿を用意させ、章堯を寝室まで運んだ。寝室には姉である章銀花が待っていた。心なしか腹が出ているように見えた。

 「これは姉上……とんだ醜態をお見せしております」

 「主上。凱旋、おめでとうございます」

 「姉上こそ……めでたい限りです」

 章堯は寝台に寝かされた。章銀花が照れながら腹をさすった。

 「これはその……」

 「聞いています。高国との子ですね。尚更、めでたい……」

 「堯……今はゆっくりと休んでください」

 章銀花が腹をさすっていた手で章堯の額を撫でた。章堯は穏やかな顔で少し眠りますと言って眠りに落ちた。

 章堯が眠ると魏房と章銀花は示し合わせたように部屋の外に出た。

 「堯……主上は相当悪いのですか?」

 「分かりませぬ。軍医は征旅の疲れたが出たと言っていましたが、それだけではないような気がしております。主上には過去にもこのようなことがありましたか?」

 章銀花は首を振った。魏房は深く息を吐いた。

 「ともかくも印国中から名医をかき集めます。主上にはこのまま病に倒れてもらっては困ります」

 魏房は少し章銀花に挑むような視線を向けるとすぐに背を向けた。その視線の意味を章銀花が理解するのが後のことだった。

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