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七国春秋  作者: 弥生遼
蜉蝣の国
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蜉蝣の国~5~

 泉国はよくなっている。

 各部署からあがってくる報告書に目を通しながら、景朱麗はそのことを実感していた。特に民部卿岱夏からの報告によれば、農作物の作況指数は前年を大きく上回っている。また租税収入も大幅に改善されてきた。

 『租税を軽くし、浮いた分を次年度の投資に回させるとは……。岱夏殿の発想は流石だ』

 岱夏は甲元亀によって推挙され民部卿に就任した男である。相房の乱以前は、甲元亀の部下として働いていたが、相房が国権を握ってからは泉春から離れ、田畑を耕して細々と生活していた。樹弘が泉春に入り国主となると、甲元亀はすぐに岱夏を招聘するように薦めた。

 『岱夏は稀代の民政家です。ぜひ民政をお任せくだされば、泉国のためになりましょう』

 甲元亀の言葉を全面的した樹弘は早々に岱夏を泉春に招き民部卿に任命した。

 岱夏は期待に応えた。

 『泉国は内乱によって疲弊しています。国家財政の疲弊よりも国民の経済的疲弊が最も危ぶまれます。そこで向こう十年、租税を相房以前の三割減とし、その差額分を新規開墾や別の事業への投資を行った者はさらに一割減としましょう』

 当初景朱麗は、国庫収入が減ってしまうことに懸念を示したが、これについては大蔵卿に就任した甲元亀が太鼓判を押した。

 『組織の簡素化と禁軍の縮小によって支出が削減できますので、問題ないでしょう。今は収入を増やすことを考えましょう』

 ならばとばかりに樹弘も提案した。

 『国庫に余裕があるならば、それを積極的に使ってはどうか?例えば……娼屈や賭場を経営している者達に今の仕事を止めるのを条件に貸し出して新たな事業をさせてみてはどうか?』

 樹弘の発想は、景朱麗達を驚かせた。闇家業というべき仕事の人間に堅気の仕事をさせようというのは、市井から生まれた樹弘らしい意見であり、景朱麗達には思い浮かばないことであった。

 景朱麗はこれらの意見を速やかに行政化した。当然ながら泉国の国民達はこの政策に喜び、積極的に開墾や新規事業に投資していった。その成果が現れ始めたというわけである。

 「禁軍の整備も整いつつもある……」

 禁軍の状態についても相房の乱以前の状態に戻りつつある。常備動員五万は可能であった。

 そろそろ好機ではないだろうか。丞相に就任した時から、いや、景家の娘として生まれ、その跡取りと期待された時よりの宿願を果たす好機が訪れたように思えた。

 『私だけではない。泉国の臣、誰しもの宿願だ』

 報告書に目を通り終わった景朱麗は甲朱関を呼んだ。

 相家との内乱の中で戦術的異才を発揮した甲朱関に対して樹弘は、当初は兵部卿という地位を与えようとした。しかし、甲朱関は、

 『すでに爺様が大蔵卿にあり、国家の最高閣僚に同族が二人いることは好ましくありません』

 と言って、丁重に辞退した。樹弘も、甲朱関の主張は尤もだと思いつつも、甲朱関の異才を活かすには軍事部門しかないと考え、左大将付きの参謀長とした。要するに有事の際の戦略戦術上の責任者ということである。

 ほどなくして甲朱関はやってきた。甲朱関は景朱麗の前に座ると、いきなり切り出した。

 「伯のことですか?」

 景朱麗は驚かされた。まだ一言も発していないのに、甲朱関は呼ばれた理由を的確に理解していた。

 「どうして分かった?」

 「軍令を担当する私を非公式に呼びつけるんですからね。それぐらいは分かりますよ」

 「なるほどな。公式に呼べば分かったかな。で、どう思う?」

 理解している以上、詳細に語る必要はなかった。それだけ通じるのが甲朱関という男であった。

 「可能か可能でないか問われれば、可能です。軍事的にはそう難しいことではありません」

 甲朱関がすでに対伯国を想定した戦術戦略を練っていたのは明らかであった。甲朱関も、伯国の領土を取り返すのは泉国の宿願であると感じているのだろう。

 「我らと隣接する静国も翼国も伯を攻めることについては黙認するでしょう。伯の動員兵力は二万に満たないと思われますので、我らだけでも十分戦って勝てます」

 「懸念はないということか」

 「いえ、ひとつあります。最大の難関かもしれません」

 「ほう。それは何だ?」

 「主上のご裁可が得られるかどうかです」

 甲朱関に言われ景朱麗は渋い顔をした。確かに人の血が流れることを嫌う樹弘が他国に仕掛ける戦争について容易に頷くとは思えなかった。

 「しかし、いずれは成さねばならぬことだ」

 これには甲朱関は明確な意思を表明しなかった。

 「兎も角も、一度閣僚に諮りたい。戦略の概要案を作成して欲しい」

 「了解しました」

 甲朱関は素直に応じて立ち上がった。その素直さが不気味だったので景朱麗は嫌な顔をした。

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