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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
849/963

黄金の瞬~107~

 新判を出発し、鑑京へ帰還する章堯におもわぬ報せがもたらされた。

 「姉上が懐妊されただと?」

 報せを聞いた章堯は呆然としながらも、すぐに喜色を表した。

 『高国との子だ……』

 篆高国が亡くなって約半年。生前に二人が関係をもっていたとなれば、不思議ではなかった。

 「海嘯同盟を滅ぼしただけではなく、姉上が懐妊したとなればこれもまた慶事だ。慶事は重なるものだ」

 章堯は喜びを隠さなかった。行軍中ではあったが、将軍や側近を集め祝杯をあげた。海嘯同盟に戦勝した時でさえ、そこまでの喜びを見せなかった。

 「おめでとうございます」

 将軍達を代表して隗良が祝意を述べた。彼らも戦が勝利で終わり気分を良くしていた。そこにさらなる慶事が発生したことを喜ばないわけがなかった。しかし、章堯の側近の中の側近である魏房だけは浮かない顔をしていた。

 「主上。銀花様に子ができたことは慶事でございましょうが、同時に考えていただきたいことがあります」

 「どうしたのだ?」

 章堯は顔をしかめた。喜びに水を差されたような気がして不快だった。

 「主上自身の娶嫁のことです。未だ主上は独身であり子がありません。いずれ世継ぎのことが問題となります。そうならぬためにも早々に公妃をお迎えください」

 章堯は魏房が何を言いたいのかすぐに理解できた。このまま章堯が公妃を娶らず、独身のまま亡くなれば跡継ぎは章銀花から生まれた子になる可能性がある。いや、仮に章堯に子ができたとしても、早々に継子を定めておかなければ後々もめることになる。魏房はそれを心配しているのだ、と章堯は思った。

 「ほう。この俺が明日にでも死ぬというのか?」

 「縁起の悪いことを申さないでください。主上もずっとお独りというわけにはいきますまい」

 「ふん。そういうことは鑑京に戻ってからだ。海嘯同盟が滅んだ今、そのようなことを考える時間もあるだろう」

 章堯はそこで自分についての話を打ち切らせた。今は一刻でも早く鑑京に帰りたかった。

 しかし、章堯の軍勢は按陽近郊で一週間ほど停止することになった。章堯が発熱し、一時体を動かすこともできない状態となっていた。

 ようやく海嘯同盟を滅ぼし、これから印国の発展の時代が到来すると誰しもが思っていた矢先に、その先頭に立つべき章堯が倒れたのである。若い章堯なのでよもやのことはあるまいと思いつつも、近臣達は肝を冷やした。

 「海風に長く当たられ、よくない気が体内に入ったのでしょう。薬湯を煎じますので、しばらく軍を止めてお休みください」

 軍医の言葉に従うと、章堯はみるみるうちに回復していき、近臣達は安堵した。

 「情けないものだな。体は相応に鍛えてきたつもりだったが、病に罹るとはな……」

 寝台に伏せる章堯は軍医が煎じた薬湯を不味そうに飲んでいた。すでに熱は下がり、体は動かせる状態にあった。

 「肝を冷やしましたぞ。主上は我らよりお若いのです。順番を間違ってもらっては困ります」

 「そうだな。黄泉に旅立つのなら、諸君達に先鞭をつけてもらわねばならないからな。私がその役目を担ってしまっては、諸君らの働き場所がなくなってしまう」

 一番年長の左沈令が冗談がましく言った。章堯はその冗談に付き合えるほどに回復していた。

 「隗良、明日には出発しよう。鑑京の者達を待たすわけにはいくまい」

 章堯からすれば早く姉である章銀花に会いたかった。その気分が分かるからこそ、隗良は承知しましたと応じた。

 「主上、今少しお休みいただいた方がよろしいのではないですか?」

 水を差すように言ったのは魏房だった。ただ悪意があるわけではなく、一人心配そうな顔をやめていなかった。

 「心配することはない、魏房。私の体は私が一番よく分る。海戦などいう慣れぬことをやって疲れただけだと軍医も言っていただろう。陸地におれば、どうということはない」

 「ですが……」

 「心配する方が体に毒だ。お前の方が今度は病に罹るぞ」

 章堯は心配無用とばかりに笑った。

 「そうだぞ、魏房。我らが主上はご健勝だ」

 隗良が魏房の肩を叩いた。それで魏房の顔はやや和らいだ。

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