黄金の瞬~105~
降伏した岳全翔と配下の将兵は新判へと護送されることになった。
常に監視されている状況ではあったが、縄をかけられることはなく、単に武器を取り上げられただけで終わった。
「負けたのですからもっと悲惨な目に遭うかと思っていましたが、意外とそうではありませんでしたね」
隗大とやってきた石硝は降伏後は常に岳全翔の傍にいた。岳全翔はやや困惑しつつも、降伏という厳しい現実を前にしての癒しとなっていた。
「新判が降伏した時は混乱はなかったのかい?」
「ええ。本島が降伏したとなれば、戦う意思なんて誰も持ちませんわ。猪副司令も大人しく降伏しました」
石硝の言葉を聞いてそれが海嘯同盟なのだろう、と岳全翔は思った。印国軍の将兵と異なり、海嘯同盟の人々には絶対者に対する忠誠心がない。あくまでも商人達の互助会でしかないのだ。その仕切り役がいなくなれば、存在意義も喪失するだけだった。
「これから私達はどうなるのでしょう?」
「海嘯同盟という組織がなくなるだけのことだ。私達は商人になるか、地方の役人になるだけだよ」
「ですが、章堯が私達を……隊長を害するかもしれません」
石硝が気にかけているのはそのことなのだろう。
「ただでは済まないだろうが、命までは取らないだろう。章堯という権力者は他者の死をもって自らの意思を示すような君主ではない。もし私を害するのなら、君一緒にと馬車で護送なんてしないよ」
「そうだといいのですが……」
石硝が不安そうなので岳全翔は彼女の手をそっと握った。石硝は少し驚きを見せつつも、何も言わず岳全翔の手を握り返していた。
新判に到着した岳全翔を待っていたのは平穏な新判の街並みだった。岳全翔がいた頃と何も変わらぬ新判の雰囲気に岳全翔は拍子抜けしつつも、そういうものであるかもしれないと思いなおした。
「多くの人にとって属する政治体制なんてあまり関係ないのかもしれないな」
新判の宿舎で軟禁されることになった岳全翔は、同じく軟禁状態にある猪水宣に語った。この宿舎には二人の他に石硝や芙鏡も軟禁されていたが、建物から出なければ部屋の行き来は自由にできた。
「だとしたら俺達の戦いは何だったんだろうな。いや、別に拗ねているわけじゃないんだがな」
「所詮は長い歴史の一つの小さな光景だよ」
詩人じゃねえか、と猪水宣が笑うと、岳全翔も釣られて笑った。
「で、俺達はどうなるんだろうね。新判の責任者として何か聞いていないか?」
「さてね……。お前とそんなに変わらんよ」
本島の様子などはまるで入ってきていない。執政官や軍人だった禹遂がどうなったのか分からずにいた。
「全翔、お前はこれからどうするんだ?」
「決まっているさ。商人になる。それが私の素志だからな」
「そういえばそうだったな」
「お前はどうなんだ、水宣」
「俺か?まだ決めていないが、とりあえず自由になったら芙鏡に求婚するつもりだ」
「そうか、がんばれよ」
お前もな、と猪水宣が冷やかすように言った。
新判で軟禁生活を余儀なくされて二週間ほど過ぎた。岳全翔にはまだなんら沙汰がない。このまま何もないのではないかと、突如として思わぬ報せを受けた。本島での処置を終えた章堯が新判に来ており、岳全翔との面会を望んでいるという。
「私に?」
岳全翔は一介の軍人でしかない。戦場では見えているが、それだけの関係である。章堯にとって会う価値などないのではないか。
「はい。主上は岳殿を一目見たいと申しております」
伝えたのは隗良。この若い印国の将軍は岳全翔に好意的で丁重だった。
「勿論、岳殿がそれを望まないのであれば、無理強いはしないと申しております」
今の章堯なら会うというのであれば問答無用で会うこともできたし、呼びつけることもできた。会う会わない選択権を岳全翔に与え、しかも自分から会いに来るというのは章堯の最大限の好意といえた。そのような好意を向けられたら会わないわけにはいかないだろう。
「私としては異存はありません。お会いしましょう」
岳全翔が快諾すると、隗良は大いに喜んだ。




