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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
846/963

黄金の瞬~104~

 鑑京を遠望する場所で一時的に陣を留めていた岳全翔のもとに朗報がもたらされた。鑑京への隠し通路を探索していた印進が戻ってきたのである。

 「鑑京への地下通路は数か所崩落しておりましたが、通れぬことはありません。工兵が言うには三日もすれば土砂を取り除き通行できるとのことです」

 「三日か……」

 岳全翔はすでに隗良軍が引き返しつつあることを掴んでいた。斥候の報告を総合して判断すると、五日もすれば追いつかれてしまう。

 『その前に鑑京を落とせるか……』

 隠し通路を使って奇襲をするにしても鑑京ほどの大きな邑を制圧するのには時間がかかる。しかも、こちらの手勢では制圧したとしても引き返してきた隗良軍に逆包囲されてしまう恐れもあった。

 『こちらが鑑京にあれば敵も攻撃してくるようなことはしないだろうが……』

 そうなる前に鑑京を質草にして印国軍艦隊を引き返させるしかなかった。岳全翔は鑑京への奇襲を思いついたのは海嘯同盟が印国に対して勝利するためではなく、艦隊による本島への攻撃を断念させることにあった。長きに渡って鑑京を制圧する必要はなかった。

 「よし。工兵に土砂の撤去を急がせてくれ。時間との勝負になる」

 岳全翔は命じた。


 翌朝。隗良軍と思わしき部隊がすぐ近くまで来ているという報告が岳全翔に届けられた。

 「馬鹿な、早すぎる!」

 隗良軍は大軍である。いくら急いでいるとはいえ、五日ほどかかる距離を詰められるはずがなかった。全軍に戦闘準備をさせつつ続報を待っていると、接近しつつあるのはわずか数十名程度の小部隊で、しかも軍使を意味する水色の旗をあげているという。

 「軍使だと?」

 戦闘をする意思はないということだろう。停戦もしくは休戦を求めてきたのだろうか。しかし、現状では印国側が不利であるとは思えず停戦なり休戦なりを求めてくる理由がない。印国側によほどの不都合がなければあり得なかった。

 『まさか……』

 よもや本島が降伏したのではないか。いや、岳全翔の読みでは海嘯同盟艦隊が敗北したとしても本島で抗戦すれば三日四日は日数が稼げる。まだ降伏するには早いはずだ。岳全翔は印進に意見を求めたが、見当がつかぬとばかりに首をかしげていた。

 「軍使とあれば迎えねばなるまい」

 岳全翔は戦闘態勢を維持させつつも、軍使を迎える準備をした。


 軍使は隗良軍の副将という隗大という青年だった。彼だけではない。付き添われるようにしてなんと石硝の姿もあった。彼女の姿を認めた時、岳全翔はすべてを悟った。

 『負けたのだ……』

 そうでなければ石硝が印国軍といるわけがない。本島が降伏し、新判も降ったのだ。

 「印国軍の隗大と申します。私は貴殿達が属する海嘯同盟が我らが主に降伏したことを告げに参りました」

 隗大という青年は若者らしく実直で丁重だった。

 「隊長。私達の海嘯同盟は……海戦で敗れた後、本島はすぐに降伏……。それを受けて新判も無条件で降伏しました……」

 石硝が無念を滲ませて語った。彼女がここにいるというのが降伏が真実であると証明していた。

 「貴殿らは奮戦された。それは我らが主上もお認めだ。しかし、所属すべき集団がすでに降伏した。戦う理由があろうか。大人しく降伏されよ。主上からは礼節をもって遇せよという通達が来ております。悪いようには致しません」

 隗大の言葉に岳全翔は拳を握り締めた。軍人になって初めて悔しいという気持ちを味わった。それが自分の驕りであることは承知していた。しかし、あともう少しで逆転できていたかもしれないと思うと、悔しさしかなかった。

 「承知しました……。将兵からは私が告げる。それまではしばらく離れおいていただきたい」

 勿論承知しました、と隗大がやや安堵を浮かべて言った。


 岳全翔はすぐに全将兵を集め、本島が降伏したことを告げた。多くの者が涙をながし、諦めたように天を仰ぐ者もいた。岳全翔のように悔しさのあまり地に拳を打ち付ける者もいた。

 「岳殿!嘘ではないのか!」

 印進は一人諦めきれないように岳全翔に迫った。

 「事実だろう。敵の軍使の中に石硝がいた」

 その石硝は隗大のもとにいる。岳全翔達が武装解除するまでの人質だった。

 「くそっ!」

 印進は剣を抜き、切っ先を地面に突き刺した。

 「印進殿。あなたはどうします?私達は海嘯同盟の人員である以上、降伏を受け入れなければならない。しかし、あなたは違う。あなたが印進と知れれば、どのような目に遭うか分かりません」

 今ならまだ逃げれます、と岳全翔は言った。隗大を一旦下がらせたのも印進を逃がす時間を作るためでもあった。

 「岳殿……。無念と言う他にない。私は今少し、貴殿の下で戦いたかった……」

 印進が手を差し出した。岳全翔はそれを力強く握った。

 「お気をつけて」

 「そちらこそ。わずかであったが、貴殿の下で戦えたことを誇りに思う」

 印進とその配下にいた元印国軍の武人達はその夜のうちに陣を抜け出した。彼らは泉国へと亡命することになるが、二度と印国の大地を踏むことはなかった。

 印進達が脱出した後、しばらくしてから岳全翔は正式に降伏した。

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