黄金の瞬~102~
敵艦隊見ゆ。
哨戒艇からの報告を受けた章堯は船頭に立って目を凝らした。まだ黒い小さな点でしかなかったが、間違いなく海嘯同盟の艦隊だった。
「哨戒艇によると全部で十五隻だそうです」
魏房が補足した。印国軍艦隊は十三隻。数の上では劣ることになる。
「敵は横陣だな。我らを通さないつもりらしい」
海嘯同盟艦隊の意図は明白だった。横陣でこちらの進路を塞ぎ、包囲するつもりなのである。章堯が敵将でもその作戦を取っただろう。
「主上、こちらは縦陣ですが、いかがいたしましょう」
「そのままでいい。我らは一隻でも突破できれば勝ちなのだ」
艦長、と章堯は後方にいた艦長を呼んだ。
「はっ!」
「戦闘開始の軍旗をあげろ。作戦は事前の打ち合わせ通りだ」
承知しました、と艦長が戦闘開始を告げる赤の軍旗をあげさせた。海上での戦いなので、伝令を出すことがほぼできない。命令は軍旗をもって行われ、細かな運用は各艦船に任せるしかなかった。
『あとは俺の運よ』
いくら章堯が稀代の戦略家、戦術家であったとしても、この時代の海戦は艦船同士の殴り合いでしかない。章堯としても完全な勝利を予期していなかった。
海嘯同盟艦隊もまたほぼ同時に印国軍艦隊を発見していた。
「敵は縦で来るようです」
副官の万淵のところに矢継ぎ早に情報がもたらされる。それを逐一、禹遂に報告していた。
「そうだろうな。敵は嚢中を突き破る錐になればよいのだからな」
禹遂は天を仰いだ。日はちょうど真上にある。
「もう少し早く遭いたかったが、仕方あるまい。日没までに敵艦すべてを叩き潰さなければ我らの勝利はないと思え」
禹遂はそのことを徹底させた。海嘯同盟からすれば敵艦船が一隻でも戦場から突破し、本島に辿り着いてしまうと敗北となってしまう。夜間になれば敵艦を発見することが難しくなる。だから海嘯同盟艦隊からすれば、日があるうちに敵を壊滅させなければならなかった。
「では、軍旗をあげます」
「うむ。予定通りに」
「戦闘旗、かかげ!」
万淵が命じると、黄色の軍旗があがった。海嘯同盟艦隊の戦闘開始の合図だった。旗艦に黄色の軍旗があがると、陣形をかえた。横陣はそのままに一隻毎、前後にずれた。船と船の間は一隻も通れないぐらいの距離となった。この陣形変更を遠望していた章堯は後日、見事な曲芸のようだった、と評するほどだった。
両艦隊の距離が縮まっていく。風はほぼない。潮の流れは相変わらず南から北へと流れており、印国艦隊が海嘯同盟艦隊に急速に近づいていく。
「敵艦隊は陣形を変えません。一本の槍のようにこっちに突っ込んできます」
「やはり嚢中の錐となるのだな。潮の流れは不利だが、陣形はこちらに有利だ。矢を先頭の旗艦に集中させるのだ」
禹遂は射撃を命じた。旗艦から矢が放たれると、追随するように各艦が射撃を開始した。無数の矢が印国軍艦隊に降り注ぐ。
「主上!」
「応射しろ!船の速度は落とすなよ」
章堯は迫りくる矢の雨を前にしても怯まなかった。迎撃を命じると、盾の中に身を入れながらも船首から離れることはなかった。
両艦隊は矢合戦をしながら近づいていった。章堯の乗る旗艦は、奇しくも海嘯同盟艦隊の旗艦と接舷する距離になった。
「接舷戦闘の用意だ」
魏房が叫ぶと、矢を持っていた兵士達が武器を剣に持ち替えた。お互いの船首がすれ違い、左舷が擦り合わせるように衝突し、一時的に停船した。近接武器を所持した兵士達の白兵戦が始まった。
接舷戦闘が始まると禹遂は檣楼に登った。身を守るためと艦隊全体を遠望するためだった。
「乱戦だな」
すでに敵味方の艦船が団子状態になり、各所で白兵戦が行われている。この間も船がわずかばかりに動く。潮の流れから海嘯同盟艦隊がやや押し込まれるようになっていた。
「敵艦と渡り板で固定させますか?」
万淵が進言した。今は艦船の横腹が接しているだけの状態だが、板でお互いの舟を繋げることができれば、敵艦の動きを止めることができる。
「いや、駄目だ。それでは我が鑑に敵が入り込みやすくなる。白兵戦では敵に一日の長があることを忘れるな」
禹遂は進言を退けた。戦局はまだ拮抗状態だった。




