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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
842/963

黄金の瞬~100~

  岳全翔はすべてにおいて周到だった。新判近郊の山系を要塞化する一方で、後方かく乱するための兵車も準備していた。その兵車で運用できる兵数が三百名だった。

 「岳隊長がその兵車で出撃する。俺達はそれを悟られないように今宵、敵軍に夜襲を仕掛ける」

 岳全翔に代わって新判籠城の指揮を執ることになった猪水宣は隗良軍への夜襲を敢行することにした。岳全翔の秘書である石硝は残り、猪水宣を補佐することになった。

 「石硝。お前は岳全翔に付いて行きたかったんじゃないか?」

 刻々と変化する情報を持ってくる石硝は常と変わらぬ様子だった。石硝が岳全翔に焦がれているのは勘違いだったかと思った猪水宣は思わず聞いてしまった。

 「それはそうです。ですが、私は足手まといです」

 振り向いた石硝は少し悲しげだった。やはり猪水宣の勘は間違っていなかったようだ。

 「今からでも追いかけるか?」

 「いえ。足手まといになって負けるようなことがあっては元も子もありませんから。私はここで私の責務を果たします」

 それが岳全翔と再会できる最善の選択なのだと石硝は信じて疑っていなかった。

 「強いな、石硝は。あの岳全翔の妻に相応しいな」

 「嬉しい言葉です。勇ましい猪副隊長も芙鏡さんに相応しいかもしれませんね」

 猪水宣は石硝をからかったつもりだったが、逆にからかわれてしまった。


 新判近郊に陣取る隗良は油断をしていたわけではなかった。ただ気が緩んでいたのは確かだった。

 隗良に与えられた任務は新判を陥落させることではない。海嘯同盟の耳目を新判に集中させることであり、その意味では任務は半ば成功していた。それに印国軍艦隊はすでに海嘯同盟軍に発見させれている頃である。隗良の任務はほぼ終了したといっていい。

 しかし、ここで撤退するわけにもいかずにいた。艦隊が海嘯同盟本島を占拠して戦勝すれば、自ずと新判を占領することになる。その任務を負うのは隗良なのである。

 「主上が本島を占拠するまでは動くわけにはいかない……」

 これで敵からの攻撃でもあれば応戦することによって気が張るのだが、新判の海嘯同盟守備隊は、貝のように蓋を閉じており、隗良軍が攻めなければ姿する見せなかった。隗良だけではなく、全軍の士気が緩むのも当然だった。

 その日、隗良軍は何事もなく、朝夕の哨戒任務を行っただけで夜を迎えていた。当然、夜襲については警戒をしていたので、陣の一角が攻撃を受けた時も、すぐに隗良に報告された。

 「そうか……」

 就寝前だった隗良は、報告を聞いただけで終えた。海嘯同盟による夜襲は度々行われており、いずれも小規模だった。隗良軍の将兵を疲弊させるための小規模なものであり、隗良も今回もそうであろうと気にも留めていなかった。一刻もすれば敵は撤収するだろう。そう思いつつも、撤退したという報告が来るまでは起きおくことにした。

 しかし、撤退の報告どころか各所から夜襲を受けているという報告が次々と寄せられた。

 「まさか敵は本格的な攻勢に出たのか!」

 隗良はすぐさま天幕を出た。前線に自ら向かい、状況を把握しようとした。しかし、隗良が目にしたのは逃げ惑う味方将兵ばかりであった。

 『これほどまで脆く崩れるとは……』

 隗良はやや呆然とした。彼らは章堯や隗良と共に戦場を駆け抜けてきた精鋭達である。一度の夜襲程度で醜態をさらすような兵士達ではなかった。

 「狼狽えるな!所詮は数で劣る敵の苦し紛れの夜襲ではないか!落ち着いて対処しろ!」

 浮足立つ将兵達を落ち着かせるには隗良自身が前線に出て叱咤しなければならない。隗良は剣を抜いて吠えながら前へと歩き出した。

 「見よ!将軍が行かれるぞ!見殺しにすることこそ武人の恥じと思え!」

 隗良の意図を察した隗大が隗良に続いた。周りにいた将兵も続々と続いていくことで一時的に混乱を抑えることができたが、海嘯同盟軍の攻勢が止むことはなく、次第に熾烈になっていった。

 『連中はどうしてここまで執拗なのだ!』

 隗良は驚きを禁じ得なかった。夜襲というものはある程度成功見ると引き上げるのが常道である。その意味では海嘯同盟軍はほぼ夜襲を成功させている。とっくに引き上げてもよさそうなものだが、やめるどころか激しさを増していた。

 『ここで我が軍を壊滅させようとしているのか!』

 隗良にいつもの冷静さがあれば、海嘯同盟軍に夜襲以上の意図があることを見抜いただろう。だが、混乱する自陣にあり、自らも逆上せ上がっている隗良に敵の意図を察することができなかった。

 隗良軍は崩壊寸前まで追い込まれた。明け方に海嘯同盟軍はようやく撤退した。隗良の指揮により何とか踏みとどまることができたが、陣容はずたずたにされてしまった。

 「やむを得ない。敵がさらに奇襲を仕掛けてくる可能性もある。一舎ほど退くぞ」

 不本意ながら隗良は一時的に撤退することにした。すでに岳全翔が指揮する兵車隊が東進しており、隗良がそのことに気が付くのはまだ少し後のことだった。



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