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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
840/963

黄金の瞬~98~

 憲飛から印国艦隊が近づいているらしいという報告を受け、迎撃を命じられた時、禹遂は自らが司令官になろうと即座に決意した。

 「承知しました。では、私自ら司令官となって出撃します」

 禹遂がそう言うと、流石に憲飛は止めた。

 「総長自らが行くことはありますまい」

 「いや、私が行かねばなりません。具不退転の意志をもって全軍出撃します。そう思わねば勝てませんし、もし我が艦隊が敗北すれば、もはやそれは同盟の敗北とお考え下さい」

 「勝てると言って欲しいというのは我らの我儘なのだろうな」

 憲飛が嘆息した。

 「勿論、勝つつもりでいます。しかし、敗北した時のことを考えておいて欲しいのです」

 「総長の覚悟、重々承知しました。我らとしても後がないであろうことは承知しています。勝つにしろ負けるにしろ、戦以外のことは我らに任せてください」

 「それを聞いて安心して出撃できます。それと新判についてですが……」

 「それよ。敵艦隊は新判を狙う可能性もあるのだろう?」

 孫無信がやや喜色を滲ませた。この男にとって本島が戦火に巻き込まれなければそれでいいとでも思っているのだろうか。

 「それはありますまい。敵も我が艦隊を破れば、本島がほぼ無防備であると承知しているはずです。わざわざ防備が整った新判を襲わないでしょう」

 「……」

 孫無信は黙った。禹遂の言葉に理があることを認めるだけの頭脳は持ち合わせているようだった。

 「総長の言うとおりだろう。もはや我らも覚悟を決めよう。それで新判がどうかしたのですか?」

 「新判というよりも岳全翔です。すでに新判もこの情報を掴んでおりましょうが、彼には命令を下さず、自由な裁量を与えて欲しいのです。ひょっとすれば、起死回生の一手を打ってくれるかもしれません」

 「それはどのような?」

 近徴が興味深げに訊ねた。

 「分かりません。分かりませんが、あの男ならやるでしょう」

 「そうだな。だからこそ岳全翔は新判にいるのだったな。分りました、岳司令官にはそう伝えましょう」

 憲飛がそう言ってくれたので、禹遂は後顧の憂いなく出撃することができた。


 禹遂は招集がかかって二日後には船上にあった。

 「全く。この年で海戦を行うとは思っていなかったわ」

 禹遂もまた商人の出身だった。商才はなかったが、操船技術には一角のものがあり、軍人となった。それからは度々海戦を経験し、今の海嘯同盟軍の中では最も海戦の経験が豊富であった。

 「ここ三十年近く我が軍は大きな海戦をしておりません。あの岳全翔ですらそうです。やはり艦隊を率いていただくのは総長しかおりません」

 副官として連れてきた万淵もまた海戦経験が乏しい。顔には緊張色がずっと見えていた。

 「ま、それは敵も同じだ。ただ操船術については我々の方が上だろう。勝機があるならばそこにある」

 「確かに」

 「その一方で我々は後手を踏んでいる。敵艦隊と遭遇するとなれば、印国本土の南西端になる。そこは海流は南から北へと流れている。それは我らにとって不利となる」

 後手を踏んだことで地の利を取られてしまった。禹遂が懸念するのはまさにそこだった。

 「あとは風ですか……」

 船の動力は風と人力である。季節や天候によって風を読むことはできるが、完全ではない。気まぐれな風がどちらに味方するかは時の運でしかなかった。

 「海図を持ってきてくれ」

 禹遂が傍にいた兵に言うと、すぐに持ってきてくれた。

 「敵艦隊が本島を目指すのはほぼ間違いないと思われる。要するに敵からすれば一隻でも本島に辿り着けば勝ちとなる。逆に我らとしては我が艦隊が全滅したとしても、敵も全滅すれば我らの勝ちだ」

 禹遂はすでに作戦を決めていた。海嘯同盟艦隊は、北進する印国軍艦隊を通せんぼするように横陣を取ることにした。

 「縦陣を取れば、北進する敵と南進する我々がすれ違ってしまう。転進して追い掛けても追いつけない可能性がでてくる。それを避けるには横陣しかない」

 「そうなれば、一隻一隻の殴り合いになります」

 「そうだ。その方がますます我らに利がある」

 あとは風だ、と言って禹遂は視線を前方に向けた。敵艦隊の姿はまだ見えなかった。


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