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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
837/964

黄金の瞬~95~

 章堯は印国国中に海嘯同盟への出師を発表した。

 「海嘯同盟はこの戦に泉国を介入させようとしている。そうなればどうなるか?泉国が我らと海嘯同盟を相争わせ、疲弊したところをもって利を得ようとするだけだ。敵として争っているとはいえ、海嘯同盟も印国の人間である。それにも関わらず、印国の利益を他国に売り渡すような卑劣な行為をするとは思いもよらぬことであるし、一人の印国人としてこれを許すわけにはいかない」

 章堯が国主になって初めて民衆に対して発信した口上だった。これまでの印公は戦をするにしてもわざわざ民衆に対して言葉を発することはほぼなかった。あっとしても懇切丁寧に理由を述べることなどなかった。そういう意味では章堯は稀有な国主であり、民衆が章堯という若い国主を支持するひとつの理由だった。

 「余としてはこの一戦で海嘯同盟との戦を終わらせるつもりである。それまで諸君達の力を貸して欲しい」

 章堯は続いて出師の陣容を発表した。

 「大将軍隗良を先方にして二万の兵力で新判を攻める。その後、余も諸将を率いて出陣して新判を落とし、奴らの拠点である本島を我らが軍船で包囲することだろう」

 章堯はその場で隗良に出陣を命じた。すでに準備を済ませていた隗良はひとまず五千名の兵数を率いて鑑京を出た。各地に駐屯している部隊を吸収し、合計で二万名に達する予定だった。


 章堯の宣戦布告はすぐに新判にいる岳全翔の知るところになった。

 「こっちは泉国の申し出を断ったんだけどな……。ま、そんなこと言っても聞く耳もたないだろう。章堯からすれば攻める口実が欲しいだけだからな」

 岳全翔は章堯の意図を読み取っていた。そして泉国からしてもこれでよかったのだ、と思うとどうにもやりきれなかった。踊らされているのは海嘯同盟のみである。

 「また新判が戦場になるんですね」

 石硝の顔が曇った。先の戦いでは章堯軍を跳ね返したが、決して余裕のある戦いではなかった。よく凌げたものだと思えるほどだった。

 「はたしてそうかなぁ……」

 「どうしたんですか?隊長」

 「章堯はこの一戦で同盟との戦争を終わらせると言っている。それなのに出陣した軍容はこれまでとはそう変わらない。それがどうも気になる」

 「何か裏があるということですか?」

 「分からない。私の考えすぎかもしれない」

 おそらくはそうだろう。この時はまだ岳全翔は章堯の手の内を把握していなかった。

 兎も角も岳全翔は章堯を迎え撃ち準備をせねばならなかった。とは言え、やることは前回とそれほど変わらない。新判を囲む山系の各所に設けた砦に食料品や薬品、日常品を運び込み、これらの砦で連携を取る訓練を徹底的にやるだけだった。

 「相手はあの章堯だ。しかもこの一戦で終わらせると言っている。一度苦杯を味わっている新判を素直に攻めてくるとは思えんのだ」

 岳全翔は猪水宣を呼んで、戦術的な打ち合わせをしていた。その場でも岳全翔は戦局の展開に不安を隠さなかった。

 「考え過ぎと言いたいところだが、俺も考えないでもない。新判に来るにしても、前回と同じように来るとは思えんのだ」

 だが、と言って猪水宣は新判近郊の地図を指さした。

 「もし俺が章堯だとして新判を攻めるのなら、やはり南から攻めるしかない。あるいは山系を侵攻するという手もないとは言えないが、ここに兵を詰めているというのは前回の戦いで章堯もご承知だろう。だから山越えはまずない。そうなれば北からか……」

 「それこそ芸がない。北からの攻めでも章堯は苦杯を飲まされている。ま、南から攻めると見せかけて北側を力技で押し切るということも考えられるが、これまでの章堯の戦い方をみるとその可能性も低い」

 岳全翔はこれまでの章堯の戦い方をつぶさに研究していた。章堯は絶対的に敵よりも優位な兵数を揃えながらも絶対に数にものを言わせた力攻めをしない。ちゃんと卓抜な戦術を用いて、自己の損害を減らしながら確実に勝利をしていた。

 「力攻めね……。もはや章堯は単なる将軍ではない。国主だ。言ってみれば自己の戦争計画に全権限を持って動員できる。二万とは言わず、三万も五万も動員できるはずだ」

 「それこそ将軍と国主の考え方の差だね。国主になったからこそ、人員の動員には慎重になるはずだ。金ならばいくらかは使えるかもしれんが……」

 そこまで言って岳全翔は言葉を詰まらせた。必ずしも新判を攻めるとは限らないのではないか。あるいは資金を使って軍船を建造し、海路から新判を攻めてくるかもしれない。そうなれば、まともない海上戦力を常駐させていない新判などひとたまりもなかった。

 『いや、それはない。軍船を作らすのには時間がかかるし、何よりも新判を攻めるだけの軍船を建造するなら相当の数と大きさになる。間者が気が付かないはずがない』

 気の迷いだ、と岳全翔はその考えを一蹴した。

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