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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
836/964

黄金の瞬~94~

 海嘯同盟より援助の申し出を断る非常に丁寧な書状が届けられた。一読した泉万は薄ら笑いを浮かべた。

 「馬鹿な奴らだ。単独でも印国に勝てるとでも思っているのか?」

 「あるいは我らの意図に気が付いたのもかもしれません」

 先に書状を読んでいる泉乾は慎重な評価をしていた。

 「ふん。一言目には商人の独立精神とかほざく連中だ。そんな知性があるものか」

 泉万としては計画を中止するつもりはなかった。

 「主上。どうなさるつもりですか?」

 「我々が海嘯同盟に近づいたことという噂を流せ。それでいい。頭のいい新しい印公はこれ幸いにと海嘯同盟を攻める口実とするだろう。そうなれば先の敗戦から回復していない海嘯同盟は我らを頼ってくるだろう」

 「承知しましたが、上手くいきますかどうか……」

 「上手くいく必要もない。上手くいかねば、また別の手段を考えるまでだ」

 泉万は海嘯同盟と印国を掌で上で転がしているつもりであった。しかし、泉万の意思など介在する隙間もなく、両陣営の対立は加速度を増していった。


 泉万の思惑通り、泉国が海嘯同盟に協力しようとしているという噂は章堯の耳に達していた。勿論のことながら海嘯同盟がその話を蹴ったという部分だけは伝えられていない。

 「どう思うか?魏房。俺には泉国の陰謀のように思えるのだが」

 章堯は魏房を呼び出して諮問した。このようことで相談できる相手はもはや魏房しかいなかった。

 「左様でありましょう。泉公がかねてより印国の鉱物採掘権に執着しているという話は聞いております。それで我らと海嘯同盟を相争わせておいて頃合いを見て和平を斡旋する。そしてその見返りに採掘権をせしめるというところでしょう」

 「魏房の読みは鋭いな。俺もそう考えている。問題はこれに乗るか乗らぬかだ」

 「難しいところです。乗ることで海嘯同盟を一挙に攻める口実ができます。しかし下手すれば泥沼の戦となり、泉公の思惑通りになってしまうかもしれません」

 「ふむ。要するに同盟に対して確実に勝てればいいのだな」

 「主上には必勝の策がおありですか?」

 「あるにはある」

 章堯には長年温めていた対海嘯同盟の秘策があった。だが、この秘策を実行するには章堯が国政そのものを動かせる地位にいないと難しいものだった。今はその地位にいる。

 「お聞かせいただけますか?」

 魏房に促されて章堯はその秘策を語った。魏房の顔がみるみるうちに紅潮していった。

 「これはこれは……何とも大胆な。流石は主上です。しかし、問題は……」

 「皆まで言うな。手筈は整えつつある。だが、少々の時間稼ぎがいる」

 「その策もお考えでありましょう」

 「当然だ。さてさて盛大に行うとするか」

 玉座に座っているだけというのはどうにも性に合わなかった。章堯は自ら動くことで一気に海嘯同盟とのけりをつけようとした。


 数週間後、章堯は朝堂に閣僚達を集めた。

 「すでに諸君達も聞き及んでいるだろうが、泉国の連中が海嘯同盟との戦争に介入しようとしている。噂程度のことだと思っていたが、調べさせてみるとどうやら事実ので、奴らは海嘯同盟に協力を申し出て、使者も送ったようだ」

 閣僚達がどよめいた。これまで内々に印国と海嘯同盟の戦争に介入しようとした国はあったが、具体的に行動を起こし、しかもそれが露見したのはおそらくは初めてのことだった。

 「それで同盟はこれに応じたのでしょうか?」

 大将軍の地位にある隗良が訊いた。彼には軍事の責任者として海嘯同盟と相対するという緊張感がずっと存在していた。

 「この際、どちらでもいいと考えている。要は同盟が戦争を辞めるつもりがないという口実になる。余としてはこれを機に一気に同盟を覆滅し、長きに渡った戦乱をここで終了させたいと思っている。それについての策もすでに考えてある」

 ここで章堯は魏房に語った秘策を披露した。先程にもどよめきが増した。そのどよめきには感嘆と称賛が込められていた。

 「流石は主上です。まさに主上こそ、海嘯同盟との戦争を勝利をもって終結させる英雄でございます!」

 最も若い松淵の歯が浮くような世辞に、章堯はわずかに相好を崩した。

 「松淵の世辞が現実になることを願うばかりだな。そのためにも諸君達の奮励が必要となる。文官、武官の隔たりはない。総力をもって同盟を叩き潰すぞ」

 よいな、と章堯が叫ぶと、閣僚達は立ち上がってこれに応じた。印国はかつてないほどに結束し、全力で海嘯同盟に引導を渡そうとしていた。


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