黄金の瞬~90~
堯様へ。
堯様がこの書に目を通しているということは、私が何かしらの理由でお傍にいられなくなったということになります。お傍にいられなくなったことを深くお詫びいたします。
私がこのような書状を残すのには理由があります。それは堯様と銀花様に対していくら詫びても許されざるを罪科を告白しなければならないからです。
堯様と銀花様が鑑刻宮の後宮へと押し込められる原因となった御父上の罪ですが、それは私の父によるものだったのです。
ご存じの通り、堯様の御父上は上役の収賄に連座する形で罪人となりましたが、その収賄を行っていたのは実は私の父だったのです。父は露見する気配を感じると、その上役に収賄の証拠を擦り付けたのです。勿論、父としては堯様の御父上を害するつもりはありませんでした。ですが、結果的にそうなってしまったことを酷く悔い、せめて減刑されるために時の丞相であった印紀にお二人を後宮に入れることを提案したのです。
私がそのことを父から聞いたのは、堯様が後宮から出てきた頃でした。父は私に懺悔するように己の醜い行いを告白し、私にこう言ったのです。
『高国。お前は父に代わって堯様に一生を捧げろ。何があっても堯様のために働き、万が一の時にはその命を投げ出せ』
私は覚悟いたしました。父の罪を背負い、堯様のために働き、命を捧げようと。
父の犯した罪が消え、それ以上の何かを堯様にお与えできたか分かりませんが、たとえ堯様の前から消えたとしても、魂魄は常に堯様の傍におり、生涯お守りしたいと思います。
読了して章堯は涙を流した。
篆高国の父はすでに亡い。最後まで章堯のことを気遣っていたという篆高国の父が、そのような事実を隠して死したというのは、卑怯であると思うと同時に、相当辛かったのではないかという同情もわずかばかりあった。そして、その罪業を独り背負った篆高国という男の生涯は、父の罪を償うのに十分なほどのものを章堯に与えてくれた。
「私は愚かだ。高国の苦労にも罪の意識にも気が付いてやれなかった……」
「堯……」
章堯は書状を懐に仕舞った。これは姉に見せるわけにはいかなかった。
「姉上。私は国主となります。それが修羅の道であったとしても、私は駆け抜けていきます」
「それでこそ私の弟です。協力できることがあるならば何でも言ってください」
「では、姉上は生前の高国と結婚していたということにしてください。印無須を殺した篆高国をなんとしても国家の英雄にせねばなりません。それに相応しい地位と生活があったことを示さねばなりません」
そのようなことが方便であることは章銀花には分かっていた。添い遂げられなかった自分と篆高国のためにそうしてくれたのだ。それが死した篆高国と、愛しい人を失った章銀花への章堯なりの贖罪だった。
「無用なことと言いたいのですが、協力すると言った手前、断れませんね。ですが、私への気遣いはこれきりにしてください」
「姉上、決してそのようなつもりは……」
「今日は遅いから休みましょう。明日からしばらくは、休める日なんて来ませんから」
「……昔の姉上みたいですね」
翌日。章堯は鑑刻宮の玉座にあった。
「すでに知っておろうが、先主である印無須は神器たる天印の杖を持ち出そうとした。しかし、手にすることができずにいたところを篆警執に見つかり、揉み合いの末に刺し違えた」
章堯は閣僚官吏に向けて事の経緯を説明した。そのことの事実を疑うものはいなかった。いや、疑うとかそのようなことは多くの者にとっては必要なかった。彼らからすると統治者が必要なだけであり、その資格たる神器を玉座に座る章堯が手にしているという事実だけで十分だった。
遡ること数刻前、章堯は魏房と祭官をつれて地下の祖廟を訪れていた。すでに篆高国と印無須の亡骸は片づけられていたが、血の跡はまだはっきりと残っていた。その場で章堯は初代印公像に埋め込まれていた天印の杖を軽々と引き抜いてしまった。
「これは慶事です。真主の誕生です」
祭官が膝をついて拝手した。魏房もそれに続いた。
「これが神器か……。これのために高国は死んだようなものだ」
この薄汚れた木の杖が神器なのだという。篆高国の生命の代わりだと思うと、へし折ってしまいたくなったが、堪える様にしてぐっと握り締めた。
「将軍……いえ、主上。それこそまさに国主の証ならば、広く天下に喧伝致しましょう」
魏房の進言に章堯は頷いた。もはや章堯が進むべき道はただ一つしかなかった。




