黄金の瞬~89~
鑑刻宮は隗良によって完全に制圧されていた。抵抗する者は誰もいなかったようで、玉座の間に陣取っていた隗良の周りにも数名の兵士がいるだけだった。
「隗良、無事だったか」
「魏房、そっちはどうだ?」
魏房は隗良に顔を寄せて事のあらましを耳打ちした。
「それは本当か?」
「本当だ」
「それはまずいぞ、魏房。もし、篆殿が主上を暗殺したという噂が広まると……」
「その点は大丈夫だ。手を打っておいた。それよりも将軍が立ち直られるかどうか……」
「うん……それについては祈るしかあるまいが……」
章堯があんなにも繊細であるとは魏房は思っていなかった。章堯と篆高国の関係性は主従というよりも友人であった。魏房や隗良が死んでもあのようにはならなかっただろう。
魏房と隗良がしばらく無言でいると、入口の方から足音がした。そこには章堯が立っていた。
「将軍……」
「鑑刻宮は制圧できたのか?」
「はい。隗将軍によって完全に制圧しております」
「そうか」
章堯はつかつかと歩き、玉座に座った。手にはみすぼらしい木の杖を手にしていた。言わずとも章堯が国主となることを示す行いだった。
「俺が国主となる。内外に発信しろ」
「御意に御座います」
魏房が先に跪き、隗良と兵士達が続いた。
「これが神器らしい。簡単に抜けたわ」
一度暗い目でじっと杖を見つめていた章堯は、興味を失ったかのように杖を床に置き捨てた。
「具体的なことは明日以降にしたい。後のことは頼めるか、魏房」
「承知いたしました」
「祖廟の亡骸は丁重に葬ってくれ」
章堯の顔からは表情を読み取れなかった。努めて平然を装っているのだろうか。ただ、魏房とすれ違いざまに、
「お前の機転、助かったぞ」
と震える声で言った。
章堯は鑑刻宮を出るとそのまま私邸に向った。私邸には章銀花がいる。彼女に篆高国のことを報告しなければならなかった。
章銀花は居間にいた。他には警護の兵士もいたが章堯は彼らに出ていくように命じた。
「堯。何かあったのですね?」
「姉上。印無須が死にました。明日より私が国主となります」
章堯の言葉にやや驚いた表情を見せた章銀花だったが、声を発することはなかった。おそらくはそれが本題ではないということを姉として察していた。
「それと高国が亡くなりました」
「うそ……」
自然と口から声が漏れた。章堯が暗い目で許しを請うように姉を見つめていた。
「高国は神器を持ち去ろうとした印無須と揉み合って刺し違えたようです。無念です」
許してください姉上、と章堯は涙を流した。
「何故、私に許しを請うのですか?」
「姉上は高国のことを好いておられたのでしょう?」
弟に言われて章銀花は言葉に詰まった。そうなのだ。章銀花は篆高国の好いており、愛をはぐくんでいた。だから篆高国の死は断崖から突き落とされたような衝撃だった。しかし、弟に先に泣かれてしまうと涙は出てこなかった。
『私と高国の関係に比べれば、堯との関係の方がより深い……』
私が泣いている場合ではない、と章銀花は姉として気丈なところを見せようと思った。
「好いていました。ですが、高国を亡くして一番辛いのは貴方自身ではないのですか?」
「辛いです……。私と姉上が後宮に放り込まれた日からいずれこの国の頂点に立ってやると思ってきました。高国はその私の野心を知り、陰に日向に助けてくれました。まさか野心が成就した瞬間に高国を失うなんて……皮肉なものです」
「それを悔いてはなりません。高国に失礼というものです」
少し待っていてください、と言って章銀花は居間から出た。しばらくして帰って来ると、一通の書状を手にしていた。
「これは高国から預かっていたものです。もし万が一、堯を残して死んだ時に渡して欲しいと頼まれていたものです」
読みなさい、と姉は書状を差し出した。書状はきっちりと封がされていた。
「姉上はお読みになられていないのですか?」
「貴方が読むべきものです」
章堯は震える手で封を切った。篆高国らしい几帳面な字で書かれていた。




