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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
824/963

黄金の瞬~82~

 警執である篆高国から一部将校による武装蜂起を聞かされた印無須は珍しく酒を飲んでいなかった。寒さのあまり目を覚まし、久しぶりに朝議に参加しようと考えていただけに、印無須は思いもよらぬ報告に不快感を隠さなかった。

 「俺の宮城で騒ぎを起こしたのなら躊躇う必要はない。早々に鎮圧すればいいだろう」

 「しかし、主上。中にはまだ大蔵卿が生存しております」

 「大蔵卿への罪科が軽いというのであれば、諸共に殺してしまえばいいではないか」

 印無須は平然と言った。

 『駄目だ、この人は……』

 篆高国は内心失望した。それと同時にかねてより章堯が為そうとしていることをいよいよ実現すべき時だと感じた。

 『いや、魏房が私に神器の在りかを突き止めるように言った。あるいはもう始まっているのか?私の知らぬところで……』

 もし本当に章堯が動いているとするならば自分にも連絡があってしかるべきではないか。それとも理由があって告げないのか。あるいは篆高国の早合点なのか。どちらにしろ篆高国は章堯の利益になるように動くだけだった。

 「主上。ひとまずは丞相の帰還をお待ちください。今、丞相が趙円邸に赴いております。あるいは決起兵達を説き伏せているかもしれません」

 「ふん。あいつにそんなことができるものか」

 朝堂に行く、と言って印無須は席を立った。


 印無須が朝堂に姿を現して間もなく、華士玄と章堯が帰ってきた。華士玄は状況を報告すると同時に、決起部隊の安輝が託した書状についても言及した。

 「一兵卒の分際で主上への奏上を申し出るなど分不相応の極でございますが、事が事でございますので持ち帰りました次第です」

 「中身を見たのか?」

 見ておりませぬ、と華士玄が言うと、印無須は鼻を鳴らした。

 「読め。俺が許す」

 華士玄はやや躊躇いを見せたが、命じられるままに書状を広げて音読を始めた。

 その内容は決起した趣旨から始まり、自分達印国軍の武人が今回の趙円の処分について不満を抱いていることが滔々と書かれていた。華士玄は汗をかきながら一文字も間違えぬように気を使いながら読み続けている。それを印無須は無表情に聞いていた。

 「主上におかれましては賢明な判断のもと大罪人を処罰し、朝堂を清廉に一掃されますことを……」

 「けえぇぇ!」

 印無須が突然奇声を発した。

 「たかが兵卒の分際で俺に意見するか!俺の政治にけちをつけやがって!」

 兵卒のくせに、と印無須は再度叫んだ。

 「主上、落ち着かれませ……」

 「命令だ。反乱部隊を武力で鎮圧しろ。皆殺しだ」

 「しかし、それでは大蔵卿が……」

 「ふん。死んでも構わんだろう」

 代わりはいるだろう、と印無須が無機質に言った。

 朝堂に沈黙が訪れた。閣僚の全員が思っただろう。なんと無慈悲な君主であろうと。そして次は自分が趙円のような目に遭うかもしれないという恐怖が印無須への無言の抗議となった。

 「承知しましたが、どの部隊に命じましょう」

 華士玄の質問に印無須は眉をしかめた。決起部隊を討伐するのは、どの部隊が来ても彼らの同胞である。決して気分がいいものではないだろう。あるいはそれを命じた印無須に反感を持つかもしれない。印無須は困惑気味に章堯を見た。

 章堯は俯き加減でじっと印無須を見返した。その視線の暗さに印無須は冷ややかなものを感じ、顔をそらした。

 「近衛にやらせろ」

 印無須はそれだけ命じて朝堂を去っていった。


 印無須の命令が下ると、近衛兵が出撃し、問答無用で趙円邸に突入した。戦闘は短時間で収束し、決起部隊の兵卒はすべて闘死した。巻き沿いを喰う形で趙円邸にいた家人なども死亡したが、当の趙円は大怪我を負うものの命に別条はなかった。しかし、後に大蔵卿を辞任することになり、さらに半年後にはこの時の傷がもとで亡くなることになる。

 こうして鑑京で起こった反乱騒動は短時間で収束したが、大きな波紋を呼んだ。特に多くの印国軍兵卒が印無須に対して不信感を持つようになり、その気分は鑑刻宮で働く官吏や市民にまで波及していった。そして追い打ちをかけるようにして章堯が大将軍の辞任を申し出たのである。

 

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