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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
822/963

黄金の瞬~80~

 趙円の処罰は二ヶ月の職務停止と一年間の減俸だった。この内容は随分と甘いものであった。

 「過去を調べればよい!横領を行った閣僚は赦免のうえ、国都からの追放が慣例となっておる。それなのにこの甘い処分はどういうことか!ましてや大蔵卿は軍事費より横領したのだ。我ら武人を軽んじているのか!」

 趙円の処分が発表された時、軍内部からすぐに反発が出た。その急先鋒となったのは中級階級の将校達だった。

 「魏房様、趙円は軍事費だけではなく、我らの給料さえも掠め取っていたのです」

 章堯の側近である魏房に趙円の横領疑惑を密告したのは軍主計補の役職にある磯一という青年だった。磯一は事務方ではあり前線には出ていないが、他の青年将校達と気分を同じにしていた。

 「ご覧ください。大蔵卿は我ら武人に支払われるべき給料の一部を大蔵省から出向している会計局の一部局員にあてがい、それを自分に還流していたのです」

 磯一は不透明な資金の流れを事細かに説明した。証拠もあります、と膨大な書類を魏房の前に提示した。

 「これをもって趙円を弾劾し、いや、旧態依然とした政治組織を解体して、主上と章将軍を中心とした新しい風を鑑刻宮に吹かせてください。後方で安穏としていた閣僚達の出汁にされたまま、前線へ向かわされる者達の不憫をどうぞお考え下さい」

 磯一の報告書を読みながら魏房は思考を巡らせていた。最初に磯一から趙円の横領を聞かされた時、これこそまさに章堯に天下を獲らせる絶好の口実だと判断したのが、その判断をさらに補強できる材料を磯一が運んできてくれた。

 「磯主計。実に丹念に調べたものだ。賞賛に値する。だが、先の横領について将軍は朝議の場で明るみにされても、結果は君も知っての通りだ。これについても同じではないかと私は思うのだ」

 「どうして主上はあのような甘い処分をされたのでしょうか。章将軍と共に倦んだ印一族による支配を解放した主上ならば、きっとご理解いただけると思っていたのですが……」

 それが印無須の本性だ、と魏房は言いかけて黙った。磯一本人はどうか別として、彼の仲間である他の青年将校の中にはまだ国主に対する尊敬の念を抱いている者がいるかもしれない。魏房が腐心しているのは、青年将校達から国主への崇拝を打ち消すことだった。

 『これで彼らにとって印無須が崇拝する対象ではなく、敵であると認識させないといけない』

 そうなって初めて章堯が高みへと至ることができる。魏房は仕上げにかかることにした。

 「磯主計。君は自分の正義のために命を賭ける勇気はあるか?」

 「正義が叶うというのであれば、その先兵として死する覚悟です」

 「そのために一時期の汚名を被ってもか?」

 「魏房様。もし私にできることがあれば何なりと申し上げてください。それで鑑京に清廉な風が吹くのであれば、たとえ汚名を被ることがあっても喜んで被ります。それが武人というものです」

 「よかろう。それでは君に使命を授ける。死して汚名を被ることがあっても、後になって最大級の名誉となるだろう」

 魏房は机の引き出しから一冊の書類を取り出し、磯一に渡した。手に取り一読した磯一の顔がみるみるうちに強張っていった。

 「それを読んで怖気づいたのならすぐにこの場を去って忠実な軍会計役人に戻るがいい。それとも……」

 「いえ、魏房様。これこそ我らが待ち望んでいたことです。ぜひとも使命を全うさせてください」

 「よき心がけだ。君達の奮闘こそが印国を変えるのだ」

 魏房が言うと、磯一は顔を紅潮させて大きく頷いた。


 半年後。国都鑑京で珍しく雪が降った。昼間から降り出した雪は次第に量を増し、夜になると足首ほどに積るほとになった。鑑京でこれほど積もるのは実に八年ぶりのことだった。

 「八年前に雪は降った時には夜回りの兵隊さんが足を取られこけたものだ」

 鑑京で食堂を営む男は、客足がぱったりと途絶えてしまったのをいいことに、息子を外に連れ出して遊ばしていた。

 「ふーん」

 息子は雪を丸めて石のように積んでいた。

 「おいおい。そんなことしてないで、その雪玉をなげてみなよ。明日は近所の子供達と雪合戦だ」

 「でも、兵隊さんに当たっちゃうかも」

 「何を言っているんだ?」

 男が後ろを振り返った。少し離れた路地を外套を羽織った兵士が隊列を成して歩いていた。規律溢れる行軍で、転倒する者などいるはずもなかった。しばらく呆然と眺めていても隊列は途切れない。単なる夜回りではなさそうだった。

 「う、うわ……店に戻るぞ!」

 男は息子の手を引いて店に戻った。



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