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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
821/963

黄金の瞬~79~

 酒色に溺れ、政治を顧みなくなった印無須であったが、失政があるわけではなかった。太子時代には色々と問題行動はあったものの、国主となってからは酒を飲み寵姫を侍らせるだけで、延臣を困らせるような奇態な言動を発することはなかった。

 「あの程度のことならば大したことはない。我らさえしっかりとしていれば安泰だ」

 延臣達からすれば印無須が国主の立場として政治をかき乱さなければそれでよかった。


 印無須の政治に対する無関心は当時に閣僚の腐敗を生んだ。閣僚を罰することが唯一できる国主が関心を示さなければ、腐敗を見過ごされるのは当然のことだった。

 火中の人物となるのは大蔵卿の趙円。印角の時代からその地位にあり、印無須が国主となっても引き続きその地位を任されていた。趙円が行っていたの悪事は収賄と横領だった。

 趙円はそれらを日常的に行っていた。収賄については他の閣僚も行っていることであり、騒ぎ立てるほどのことはでなかった。もうひとつの横領については座視できない問題があった。いや、章堯が問題にしたのだ。

 「調べるところによると、大蔵卿は先の海嘯同盟との戦の際、商人から本来の代金よりも過剰に請求させ、その差額を着服したという。我らは戦場で塗炭の苦しみの中にいたのに、国都にいる一部閣僚は私腹を肥やしていた。納得のいく説明をしていただこうか」

 章堯はある日の朝議で、趙円の悪事を暴露した。勿論、それを立証するだけの証拠も押さえており、趙円を青ざめさせた。

 これは単なる汚職事件ではなかった。本来ならば兵卒の食糧や給料の原資となるべき金銭を閣僚が不正に使用し、懐に入れていたのである。要するに趙円は印国軍全員の怨嗟の的となったのである。

 このような閣僚にまつわる事件が起これば、これを裁くのは国主の仕事になる。しかし、国主の印無須はすでに朝議に顔を見せなくなっている。となれば対応しなければならないのは丞相の華士玄の仕事だった。

 「事態は閣僚にまつわることになる。速やかに主上に奏上し、裁可を求めるだろう」

 華士玄としても気が気でなかった。相手は印国内で旭日の勢いを持つ章堯である。しかも、章堯の背後には数万という軍勢が控えている。これを刺激しないように押さえるのは至難の技だった。

 「急がれよ。数万に及ぶ兵卒の怒りなど私一人で抑えられるものでありませんから」

 章堯は深刻そうな顔を作っていたが、華士玄などにはそれがやや腹立たしかった。

 

 「これは陰謀だ。章堯が私を追い落として大蔵卿に収まるつもりだ」

 朝議の後、華士玄は趙円を呼び出して事情を聴いた。趙円の口から出てきたのは言い訳ですらなかった。

 「しかし、横領は事実であろう。あのような証拠を突き付けられれば、否定はできまい」

 華士玄が言うと、趙円は黙った。汚職の事実は認めるらしい。

 「それならば素直に横領の事実を認め、主上にご裁可いただこう。素直に罪を認めれば、主上も慈悲をもってお裁きになられるだろう」

 「ふん。主上は章堯を気に入られている。知れたものではない」

 「口を慎め!」

 華士玄の腹立ちは趙円にも向かった。汚職をしながらも居直ったような態度を取る趙円の精神構造が理解できなかった。

 「ともかくも主上の奏上する。すべてはそれからだ」

 華士玄が言って聞かせると、趙円は拗ねたように顔をそらすだけだった。


 華士玄は印無須に奏上を行った。印無須は朝から痛飲しているのか、顔が赤く、部屋全体が酒臭かった。

 「趙円が横領なぁ?」

 印無須はまるで世間話でも聞いているのか気が抜けた返事をした。

 「左様です。横領は許しがたい罪ですが、国家に大功ある大蔵卿です。寛大なる処分に留めるべきかと愚考しております」

 「ふうむ」

 印無須は乾いた杯を寵姫に差し出した。寵姫は微笑しながら酒を注いだ。

 「主上……」

 「章堯は何と申しておる?」

 「将軍は罪状を詳らかにしただけです」

 印無須は大きな欠伸をした。大酒を飲み、女を抱き続けているせいか、印無須の顔色はどうにもよくない。

 「死罪というわけにもいくまいな。丞相、法官と相談して罪科を決めろ」

 俺は忙しいと言って華士玄を追い払うように手を振った。ひとまず言質を得たことで華士玄はほっと安堵のため息を漏らした。

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