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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
818/963

黄金の瞬~76~

 本島からの度重なる凶報は同時に新判にもたらされた。岳全翔は絶句し、普段は気丈な石硝は泣き崩れてしまった。

 石硝は伯父である石豪士に良い感情を持っていなかったらしいが、石延は実父である。しかも父は内乱罪の犯した罪人となってしまった。頭脳明晰な彼女も理解が追いつかないのだろう。

 「石硝さん……」

 芙鏡が石硝に寄り添い、背中をさすった。苦しそうに嗚咽する石硝の姿を岳全翔は直視できなかった。

 「芙鏡さん。彼女を医務室に連れて行ってください」

 「はい……」

 肉親を失う辛さを知る芙鏡は、大丈夫ですかと優しい声をかけながら石硝を立たせ、医務室へと連れて行った。

 「これからどうなるんだ……」

 岳全翔は禹遂から届けられた書面を再読した。これからどうなるかまでは書かれていなかった。

 『良い悪いは別として石豪士は海嘯同盟の支柱になれる人物だった。それを失った今、混乱を収められる者がいるのだろうか?』

 執政官のひとりである近徴とは顔見知りだが、彼が混乱状態になる海嘯同盟をまとめられるとは思えなかった。それは他の残された執政官も同様であり、海嘯同盟は強力な指導者を失ったことになる。

 『しかも執政官の一人が内乱罪に加担したことになっている。これが石豪士の仕掛けた狂言で、獄死もその一環かもしれないが、商人や市民の政治に対する不安は広がるだけだ』

 これから海嘯同盟はどうなるのか。自分はどうすればいいのか。色々な可能性を考えてみたが、まるで答えが見つからず、気が付けば夜更けになっていた。考えていても仕方がないとばかりに自宅へと帰ろうと思っていると、扉が叩かれた。姿を見せたのは石硝だった。

 「隊長……ご迷惑をおかけしました」

 石硝は幾分か落ち着くを取り戻しているものの、憔悴はしていた、

 「迷惑だなんて……まだいたのか。自宅に帰っても良かったのに……」

 「そういうわけには……」

 「まぁ、ともかく座りなよ」

 はい、と言って石硝はいつもの秘書官席に座った。

 「その……お悔やみを言うべきなんだろうけど、私も色々と混乱していて……」

 「私にとって父は縁遠い存在でした」

 石硝は俯きながら語り始めた。

 「私が物心ついた時から父は仕事で家にいませんでした。ですが、同盟の執政官として働く父を誇らしく思っていました。だから私は父の秘書官となったのです」

  うん、と岳全翔は相槌を打った。

 「隊長の秘書官として赴任を命じられた時は嬉しかったです。英雄として名高い岳武の子息。そして自身も武功を上げている岳全翔の傍で働けるんですから」

 「それは、どうにも私からすればむず痒い話だね」

 岳全翔が言うと、石硝は少し笑った。

 「実は父からは隊長のことを監視するように命じられていました。父と伯父は名声のある隊長が政界に進出するのをひどく警戒していました」

 「なるほど。それはあり得ることだね」

 「そのことについては気乗りしませんでした。ですから私の父への報告は随分と適当なものになってしまって、次第に父から返信もなくなりました。私もここ最近では何の報告も送らないようになっていました。印国軍が攻めてきてそれどころではなくなったというのもありましたから……」

 石硝は何を言いたいのだろう。自分でも何を言いたいのか分かっておらず、ただ言葉を並べているだけなのかもしれない。岳全翔は黙って石硝の次の言葉を待った。

 「私にとっての父は執政官石延という存在でした。その父が内乱の汚名を被り、獄死したなんて考えたくもないんです!」

 石硝の瞳に溜まっていた涙がつつっと流れた。幼くして父を亡くしている岳全翔には石硝の気持ちは分からなかった。

 「ともかくしばらく休んだ方がいい。なんなら本島に帰って父上を弔ってあげたらどうだ?」

 岳全翔の提案に石硝は首を振った。

 「今、本島に帰ったらあることないことを聞かされるだけです。それは嫌です」

 「そ、そうか。それもそうだな」

 「それに、我らがここまで混乱すれば好機とばかりに印国が攻めてくるかもしれません。新判の……隊長の傍を離れるわけにはいきません」

 「分かった。君の意思を尊重するよ。でも、二三日は休んでくれ。いざ、印国が攻めてきても倒れられては困る」

 分かりました、と石硝は涙を拭いた。果たして印国は攻めてくるのか。石硝が元気になるまでは待って欲しいものだと岳全翔は思った。

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