黄金の瞬~75~
石豪士を排斥する。言葉では簡単に表現できるが、実際に行おうとするとそう単純ではなかった。
まずは手段をどうするか?武力をもってして石豪士を拘禁するにしても官警か守備隊の力が必要となってくる。そのためには双方に協力者を募らなければならない。そうなると石豪士に密謀が漏れる危険性が出てくる。
手段だけではない。石豪士を排斥する大義をどのようなものにするかという問題もあった。非常の手段として行う以上、万人が納得するような大義でなければならない。石延と鄭達商人は夜な夜な膝を突き合わせて要談していた。彼らが語ることは気宇壮大で即座に行動に移していれば実現できていたかもしれない。しかし、石延達は議論をするだけで時間をかけ過ぎた。この密謀が石豪士に漏れた。
密謀を知った石豪士の行動は素早く、躊躇いがなかった。四人が集まってくるところに官警を派遣して四人全員を拘束した。罪状は内乱罪。
「おのれ、石豪士!思い上がったか!私を拘束してこれより執政官としてやっていけると思うなよ!」
鄭宝永には自分が石豪士の最大の支援者という自負があった。それは事実であったが、石豪士は構わなかった。これで海嘯同盟における三人の富商が失脚する。そのことによって恩恵を受けるだろう他の商人を取り込めばいいと割り切っていた。
「兄上!これは何かの間違いだ!」
石延も抗った。兄を排斥する密謀に参加はしたが、肉親であるから許されるだろうという楽観があった。しかし、石豪士は肉親であるからこそ容赦しなかった。
石豪士は四人を牢に繋いだ。本来であるならば海嘯同盟法に照らし合わせて裁判を行わなければならないのだが、石豪士はそれを完全に無視した。裁判をすれば、どうしても彼らの主張として石豪士の失態、失政が明確な言葉となって流布してしまう。終生執政官を目指す石豪士からすれば邪魔以外の何ものでもなかった。
投獄から三日後、海嘯同盟での内乱を企んだ石延執政官と鄭宝永達三人の商人が獄中で毒を仰いで亡くなっているのが発見された。石豪士からすれば内在的な不穏分子を排除できたのと同時に、終生執政官となるための良き口実を得たことになった。
石延達が獄死したさらに三日後、石豪士は商人達を執政官事務所の講堂に集めた。そこで終生執政官に向けた演説をすることになっていた。講堂には多くの商人が集まっていた。石豪士が雇ったさくらもいたが、大多数の商人達は内乱事件以後の石豪士が何を語るか興味があって集まってきた。商人だけではなく、一般市民も参加が許されていた。石豪士としてはより多くの人に自分の意思を聞かせたという思いと、人気があることを示したかったのだ。
内乱計画があった直後であるから、警備は厳重にしていた。それでも想定したよりも多くの人が集まってきたので、当初行われていた手荷物検査などもおざなりになってしまった。それが悲劇の始まりとなった。
講堂の舞台袖で集まった多くの聴衆を見た石豪士はしきりに感動していた。
『これならば終生執政官となれる』
聴衆の多さこそ、自分への信認であると思っている石豪士は自信を深めた。万雷の拍手が起こると石豪士は聴衆に応えるようにして舞台に立った。
「皆さん、同盟の根幹を揺るがす内乱事件は未遂のうちに終わりました。その首謀者が我が身内と支援してくれていた商人達であったことは痛恨の極みでした。ですが、私は私情を捨て、事件の処分を行いました」
ここで前列の商人達が拍手をした。身内であっても非常の決断をした石豪士を讃えるものであったが、当然さくらによるものであり、事前に打ち合わされていたものだった。
「首謀者の四人が己の罪科を恥じて自裁しました。これで事件は終わりでしょうか、いや、始まりなのです。今、同盟は窮地に立たされています。内乱罪が起こってしまったのはその証左でありましょう」
石豪士は自分が執政官に就任してからの功績を朗々と語り始めた。節目節目で拍手が起こる。さくらでもはない聴衆もまた釣られて拍手をし始めていた。
「特に五年前。それまで凍結されていた新型商船建造に対する補助金を復活させました。それにより皆さんの商売は広がり、同盟全体でも過去最高の利益を生むことができたのです」
石豪士の功績話は主に商人達への補助やそれによる売上に終始した。その方が商人達への訴求力があり、何よりも印国との戦争に触れたくなかったのだ。
「私は今後、静国への新航路の開拓と翼国への貿易も視野にいれていく所存です」
石豪士は演説原稿を読み上げながら自己陶酔していた。我ながら完璧な演説。これで終生執政官への道は開けた。石豪士の演説はさらに熱を帯び始めた。
聴衆の視線が壇上の石豪士に集中していた。そのため密かに壇上に近づきつつある人物に誰も気が付いていなかった。
「皆さん!これからもこの石豪士に力を貸して欲しい。より大きく同盟を発展させてみせます。そのためにも私は……」
終生執政官となる、と続くはずだった。しかし、突如として舞台に登ってきた男によって言葉が遮られた。
「何者か!」
「我が師の敵!」
男は懐から短刀を取り出すと、石豪士に襲いかかった。舞台袖にいた警護が動き出す前に男の短刀が石豪士の首に突き刺さっていた。
「師よ!韻幕様!敵は討ちましたぞ!同盟万歳!」
男―秦回は石豪士の首から短刀を抜き取ると、自らの喉に突き刺して自害した。




