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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
813/963

黄金の瞬~71~

 印角の死から三か月後。印無須は服喪を終えたことを宣言した。

 通常、貴人の服喪は最低でも一年とされており、長ければ長いほど孝心が厚いとして人々の尊敬を集めていた。この期間については定まったものはなく、あくまでも慣例によるものだったが、三か月というのはあまりにも短すぎた。

 「主上。多事多難の時とはいえ三か月の服喪は短すぎます。どうか慣例通りに一年間は服喪をし、先主の徳をお偲びください」

 丞相の華士玄は印無須を諫めた。しかし、印無須は聞く耳を持たなかった。

 「先主の徳だと?ふん、一年も喪に服すほどの徳が奴にあったとは思えん。三か月でも多いぐらいだ」

 この印無須の言葉は後に外部に漏れ、印無須の評判を下げる一因となった。

 「そんなことよりも丞相よ。俺も国主になったのだから妃を設けなければならん。良き女を探せ」

 印無須には妻がいた。しかし、印無須が印紀の策謀を察して鑑京から逐電した時、その妻は環境に取り残され、そのまま離縁となっていた。

 「承知しております」

 華士玄はそう言ったが、難しい問題だと思っていた。国主となった以上、妃の実家は相応の地位でなければならない。他国に求めるな国主一族の女でなければならず、国内ならば公族貴族の子女が相場だった。しかし、世間的に評判の悪い印無須に女を嫁がせる奇特な国主がいるとは思えず、国内の公族貴族にしても印一族をほとんど抹殺もしくは追放しているので、該当するような子女がほとんどいなかった。

 『いや、一人いるのだが……』

 印氏の中でも本家から大分と離れているだけではなく、器量もよくないという。女の美醜に厳しい印無須が気に入るとは思えなかった。

 「至急、主上が気に入られる子女を見つけてまいります」

 公妃を見つけるのは火急の問題だった。印無須は離縁となった妻との間に子供がいなかった。要するに今のままでは世継ぎがいなくなるのである。しかも、印無須が印一族を抹殺、排除したために後継となれる印一族の男児がほとんどいなかった。

 「頼むぞ。俺の公妃に相応しい女を探してくれ」

 印無須にはあまり差し迫った危機感が見られなかった。華士玄は丞相になってこんなことで頭を痛めるとは思ってもいなかった。


 妻については章堯にもその話が出ていた。切り出したのは章堯と同居するようになった章銀花だった。

 「堯。あなたも来年には二十歳になるのです。ましてや章家の名跡を継いで大将軍となったのです。相応しい女性を夫人としてお迎えなさい」

 章銀花は顔を合わせる度に弟に言い聞かせていた。流石の章堯もこれには辟易した。

 「姉上。私にはまだ夫人は早いです」

 章銀花は弟が後宮にいた時にどのような目に遭っているか知っているが、そのことで女性に対して心理的な嫌悪感を持っていることまでは知らない。章堯としても姉を心配させないために話していなかった。

 「遅い方です。明日の晩、巫雪夫人が主催する晩餐会があると聞きました。参加して素敵な女性を探していらっしゃい」

 「……分かりました」

 章銀花としては章堯と暮らせるようになって世話を焼きたいのだろう。それが分かるからこそ章堯は強く拒否することもできなかった。結局、章堯は晩餐会に顔を出したものの、巫雪夫人に挨拶しただけで帰っていった。

 姉は怒るだろうか。怒られた時にどのような言い訳をしようと考えながら帰宅した。屋敷に入ると奥から楽し気な章銀花の声が聞こえた。誰か客人が来ているだろう。

 「誰か来ているのか?」

 出迎えに来た侍従に聞いた。

 「篆高国様がお見えになられています」

 「高国が……」

 自分を訪ねてきたのだろうか。晩餐会から早く帰ってきたよかったと思い、二人がいる客間に入ると、章銀花と篆高国が楽しそうに談笑していた。

 「あら、堯。お帰りなさい」

 「堯様。お邪魔しております」

 篆高国が立ち上がって一礼した。

 「ここではそのような礼は無用だ。俺に用でもあったのか?」

 「いえ、そういうわけではありません。仕事が早く終わりましたので、立ち寄ったまでです」

 篆高国が一瞬だけ章銀花に視線を送ったのを章堯は見逃さなかった。篆高国は自分にではなく姉に会いに来たのではないかと邪推した。

 「そんなことよりも随分と早い帰りですね、堯。まさか早々に帰ってきたわけではないでしょうね?」

 姉が詰問する。それがまるで篆高国との時間を邪魔されたことへの抗議のように章堯には聞こえた。

 「体がだるかったから帰ってきたのです。高国、ゆっくりしていけ」

 本当に体の疲れを感じた章堯は客間を去った。その場にいることがどうにも辛くなっていた。

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