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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
808/963

黄金の瞬~66~

 山攻めは左沈令軍が行うことになった。斥候からの報告や、これまでの奇襲攻撃を踏まえて調べた結果、東の山系の中腹に砦があることが分かった。

 「今までの道よりも狭い山道だ。奇襲もあり得る。気を付けて進め」

 将帥たる左沈令は今まで以上に慎重になっていた。同僚として隗良を高く評価している。その隗良を手玉に取った敵将を左沈令は侮っていなかった。

 『堂々と渡り合う敵ならば負けはしないが、こういう手合いの敵はどうにもやりにくい……』

 奇襲、奇襲の連続である。左沈令にとってこれほどやりにくい相手はいなかった。

 左沈令軍は細い山道を進む。周囲は多い茂った樹木が群をなし、海嘯同盟軍側からすれば奇襲を仕掛けるのに理想的な環境だった。

 そろそろ砦が見えてくるのではないか。そのように思っていると、地響きのような音が聞こえてきた。

 「なんだ!」

 左沈令は周囲を見渡した。次の瞬間には何が起こったのか理解できた。山の上の方から岩石が斜面を伝って落ちてきて、軍列を容赦なく襲ったのである。それも一つや二つではない。広範囲にわたり、断続的に岩石が落下してくる。ある者は岩石に圧し潰され、ある者は岩石にはじき出されるようにして山道を転げ落ちていった。実質的な被害よりも将兵に与える心理的な恐怖の方が大きかった。将兵は無秩序になって逃げ出そうとし、それで山道から落ちる者も多発した。

 「落ち着け!隊列を乱すな!」

 左沈令は叫ぶ。その左沈令の上空を岩石が飛んでいった。岩石はそのまま山道を飛び越して落ちていったが、軍列にぶつかっていたら左沈令も命がなかっただろう。しかし、逃げようとする将兵によってもみくちゃにされた。

 「隊列を崩すなと言っている!敵襲が来るぞ!」

 左沈令の予想通り、岩石の雨が止むと山道から海嘯同盟軍が剣を抜いて駆け下りてきた。またすぐに撤収する。そう思われていたが、今度の敵は執拗に左沈令軍に斬り込んきた。左沈令は自らも剣を振るい防戦したものの、ついには耐えきれずもつれるように撤収するしかなかった。

 それから左沈令は何度か山に分け入って攻略を目指したが、海嘯同盟軍の砦はひとつも抜くことができなかった。


 章堯軍は足踏みを続けていた。そのことについて最も忸怩たる思いでいるのは他ならぬ章堯だった。

 「この俺がここまでこけにされるとはな!」

 戦闘経過を聞く限り、左沈令に怠慢が見られない。敵の方が一枚も二枚も明かに上手のように思われた。それを知るだけに章堯は、怒りを諸将にぶつけるわけにもいかず、己と敵に当たるしかなかった。

 「面目ありません。大将軍より将軍の地位を拝命しておきながらこの体たらく。赤面の至りです」

 章堯は左沈令の謝罪を聞いていなかった。今、章堯が欲しているのは、百の謝罪の言葉よりも、ひとつの有効な進言だった。

 もはや手詰まりの状況になっていた。左沈令に山系の砦を攻めさせると同時に、隗良軍をもって山間の街道を進ませようとした。同時進行すれば敵も分散されると考えていたのだが、海嘯同盟軍は的確に隗良軍に奇襲を仕掛け、進軍を阻止してきた。

 『敵は天に目があるのではないか』

 章堯はそう疑いそうになった。その疑いは半ば的中していた。山頂の司令部から敵の様子を俯瞰している岳全翔が逐一的確な命令を出していた。そうとは知らない章堯は、この山系にどれほどの敵兵が潜んでいるのか想像もできなかった。


 実は海嘯同盟軍からすれば薄氷の上を行く攻防が続いていた。決して無尽蔵の兵力があるわけではなく、ほぼ全軍が交代しながら断続的に攻撃を仕掛けているだけだった。

 「本島からの援軍はないのか……」

 援軍の要請はすで出してある。しかし、本島からはまだ連絡が来ない。岳全翔も表には出さないが、苛立っていた。

 『まさか執政官達は敗戦を隠すために援軍を送らないつもりじゃないだろうな』

 援軍を送るということはつまり負けている。もしくは負けつつあるということである。今回の戦争を始めた執政官達にすれば失態になる。それを隠すために援軍を送らないのではないか。岳全翔はそのようなことを邪推していた。

 『もしそうならば降伏してやる!』

 自分は存分にやった。降伏したところで責められないだろう。岳全翔はやけくそになりつつあった。しかし、海嘯同盟軍は思わぬ援軍を得ることになった。段至瑞軍の先方として戦っていた印進が生きていて、わずかながらの軍勢ながらも章堯軍の背後に迫ろうとしていたのである。

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