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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
799/964

黄金の瞬~57~

 印無須は海嘯同盟討伐の軍容を発表した。

 総大将にあたる征討将軍には章堯。配下に左沈令、隗良、松淵の三将軍を従え、総勢四万名を動員することになった。海嘯同盟を攻める軍勢としては過去最大級の規模であり、現在印国で動員できる最大の兵力であった。

 「私はこの際、海嘯同盟との長きに渡る戦いに終止符を打ちたいと思う。その大任を章堯将軍に託した。我らが攻めるのだ。鑑京を守る必要などない。諸君は後方の憂いなく、存分に戦って欲しい!」

 出陣前に主だった将兵が鑑京近郊に集められ、閲兵が行われた。そこで訓令する印無須の傍には章堯がおり左沈令、隗良、松淵の三将軍が続く。篆高国はやや離れた所で将軍達の勇姿を見守っていた。

 『どうして私はあそこにいないのだ……』

 篆高国は虚しさを感じていた。海嘯同盟への攻勢が決まったその晩、篆高国は自分も軍勢に加えて欲しいと章堯に直訴をしに行った。しかし、章堯は会ってくれず、その後も篆高国のために時間を取ってくれることもなかった。

 警執として鑑京の治安を掌握する重要性は理解している。章堯が将来成すべきことを考えれば、その重要な役職を任せられる人物が章堯陣営に少ないのも重々承知している。その地位を自分だからこそ任されているという自負もある。それだけ章堯が信用してくれているということなのだろう。

 だが、それでも篆高国は章堯の旗下にいたかった。旗下の将軍として働いてもいいし、参謀として傍で進言する役割でもよかった。とにかく、章堯が成そうとしている歴史的偉業に参加したかった。

 『私は何を嘆いているのだ……』

 自分は自他ともに認める章堯の最大の忠臣ではないか。仲間に加えてくれなかった学童のようなことを言ってどうするのだ。大人になれ、と篆高国は自分に言い聞かせた。

 結局、篆高国は章堯と対面することはなかった。閲兵式が終わると章堯はすぐさま出撃し、篆高国は鑑京に帰らねばならなかった。

 「篆殿、しばらく」

 篆高国が馬車に乗ろうとすると、背後から声をかけられた。魏房であった。

 「魏殿……貴方は将軍の参謀として帯同するのではないですか?」

 「そうですが、今しばらく時間がありますので一度鑑京に戻って後で追い掛けるつもりです」

 同乗させてもらってよろしいですか、と魏房が言ったので、どうぞと篆高国は言った。

 「篆殿はこの戦、どのような結末を迎えると思いますか?」

 馬車が走り出すと魏房が早速話しかけてきた。

 「それは当然、我らが勝つでしょう」

 「そのとおり。勝つには勝つでしょう。しかし、どの程度の戦績となるかということです」

 「同盟を完全に覆滅……というわけにはいかないでしょう。私は最近、軍事に携わっておりませんので何とも言えません。参謀殿には具体的な未来がお見えですか?」

 篆高国としては最大限の皮肉を言ったつもりだった。しかし、魏房には皮肉は通じていない様子だった。

 「さて……上手くいけば新判を取り戻せるでしょう。ま、会戦で同盟を破り、敵の将軍などを捕らえるのが精一杯でしょう。どちらにしろ章堯将軍はさらなる戦果を得ます。その意味、篆殿にはお分かりでしょう?」

 「何を仰りたい?」

 「章堯将軍の功績は印国有史以来最大のものとなりましょう。そうなれば今は蜜月の関係にある太子がどう思うでしょうか?いや、太子本人ではなく、周りの人間がよからぬことを焚き付けるかもしれません」

 「それを監視するのが私の仕事と仰りたいのですか?」

 「どうあれ、いずれ章堯将軍と太子は対立せざるを得なくなるということです」

 篆高国は腕を組んで沈思した。魏房のいうとおりなのだ。章堯が至尊の地位を望むのならば、印無須は敵となる。今でこそ章堯と印無須は蜜月の関係にあるが、海嘯同盟という敵との戦いが一段落すれば、対立する未来は目に見えていた。

 「間諜のような真似はどうも得意ではないのだが……」

 「何を仰ります。無事に勤めていらっしゃる。それに銀花妃のことを思えば、やはり篆殿に鑑京にいていただかねばなりません」

 章銀花は章堯の泣き所だった。もし章堯と印無須が対立し、印無須が章銀花を人質とする可能性もある。そうなれば章堯は抵抗一つせず降伏するだろう。篆高国にはそうさせない義務が無言のうちに負わされていた。

 『銀花様の名前を出されて否とは言えない……』

 そう言う意味では篆高国にとっても章銀花は泣き所だった。

 「魏殿の言われること、承知した」

 「連絡は綿密に行いましょう」

 馬車が鑑京に到着した。私はこれで、と魏房が馬車を降りようとした時、周囲に人がいないことを確認して囁いた。

 「もうひとつ。神器の在りかを探り出しておいてください」

 はっとして魏房に真意を聞こうとした篆高国であったが、魏房はすでに馬車を降りて去っていった。

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