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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
792/963

黄金の瞬~50~

 印中員の亡命を海嘯同盟本島の執政官達はどう捉えたのか。普通の貴族や武人の亡命者なら事務的な手続きが行われてそれで終わりとなるのだが、印中員という大物となればそうもいかなかった。石豪士は他の執政官達を招集した。余談ながら執政官選挙後、以前の執政官がすべて当選していた。執政官の地位を去る者はおらず、新たに地位を得る者もいなかった。

 「新判の岳全翔によれば印中員は泉国への亡命を希望しているらしい。だが、泉国に頼るあてがあるわけではなく、我らに渡りをつけて欲しいようだ」

 石豪士は岳全翔からの報告の要点をまとめ、他の執政官の前で発表した。執政官達は一様に顔をしかめた。

 「我ら同盟の歴史で他国へと亡命した者もおりますが、いずれもその他国に縁者いてそれを頼りにしたものです。何のあてもなく亡命したいと言ってきたのはこの御仁が初めてでありましょう」

 海嘯同盟の歴史に精通している孫無信がここぞとばかりに知識を披露してきた。

 「先例なきことなので皆と相談したいのだが、それだけではない。印中員をそのまま他国へと亡命させてよいものか、ということだ」

 石豪士は言葉を濁しながらも切り出した。印中員は石豪士にとってはまさに奇貨であった。

 この時期、石豪士は密かにあることを企図していた。それは執政官首座の地位を終身のものとすることだった。このことは身内である石延にも言っていない。切り出すには相応の成果を出し、他の執政官や海嘯同盟の商人達にも納得させる必要があった。印中員はそのための良き材料となりそうだった。

 「石殿。ここは印中員の意思を尊重し、泉国へと送り届けましょう。同行した母子は我らの亡命者として扱うとして、印無須は印中員の引き渡しを要求するでしょう。余計な火種となるだけです」

 近徴の意見は至極全うだった。石豪士も以前であったならばそうしただろう。しかし、野望にまい進する石豪士としては奇貨を手放すわけにはいかなかった。

 「私の意見を言おう。私はこれを長きに渡る同盟と印国との戦争を終わらせる好機だと思っている。即ち、我らで印中員殿を擁立し、彼を印国の国主とするのです。そうなれば印中員殿は我らの傀儡となり、戦争終結も容易となるでしょう」

 「馬鹿な!それでは印国との全面戦争となります!」

 近徴が席を立った。近徴だけではない。ほとんどの者が驚きの顔をしていた。

 「印中員殿が我らが擁立したとなると、印国国軍の中にも我らと共に戦う者達も現れよう。勝てる戦ができましょう」

 軍事的な作戦は石豪士の範疇外である。しかし、これまで海嘯同盟は印国国軍と渡り合ってきた。勝機は十分にあると石豪士は考えていた。

 「首座のお考えは分かりました。確かに印中員がおれば、それを慕う者が集まって来るでしょう。しかし、やはり純粋に軍事的に勝てるかどうかという分析も必要でしょうし、何よりも印中員にその気があるかどうかです」

 「憲飛殿の言うとおりだろう。印中員殿を一度本島に招きましょう。また軍事面では禹遂に諮問するとしよう。異論はありますまいな」

 石豪士は有無を言わせなかった。近徴ひとりが渋い顔をして俯いていた。


 この時期、新判と本島の行き来がまこと慌ただしい。本来ならば週一回の定期船が新判と本島の連絡手段であったが、緊急の場合は臨時の船が出される。その臨時船が本島から新判に向けて出航された。印中員の処遇についての命令書が運ばれていた。

 「印中員殿を本島に送るように。芙母子についてはしばらく新判で面倒を見る様に……ね」

 命令書を読んだ岳全翔は考え込んだ。命令書には単に本島に送れとしか書かれていない。印中員をどのように扱うかまではこの時点では分からなかった。

 『執政官達が印中員を利用すると思っていたが……私の考え過ぎだったか』

 兎も角も岳全翔は命令を遂行するしかない。印中員を呼んで本島からの命令内容を伝えた。

 「本島はあなただけを送るように命令してきました。今のところ執政官達があなたをどのように処遇するかは明確にされていません。先に言いましたが、執政官達はあなたを担ぎ出すかもしれません。是非とも注意してください」

 「御忠告ありがとうございます」

 「執政官の中でも近徴という人物は良識的です。もしお困りのことがあれば相談してください」

 「そうですか。私としては岳殿に来ていただきたいのですが……」

 「私はこれでもここの守備隊長ですからね。簡単にここを空けることができません。近徴以外にも守備隊総長の禹遂も何かと協力してくれるでしょう」

 「何から何までありがとうございます。あと芙桃様達のことはお願いいたします。あの方達には静かな暮らしをしていただきたいのです」

 「承知しました。お二人のことはお任せください。印殿、お気をつけて」

 岳全翔はそう言いながらも、立ち去る印中員の背中を見て不安を感じていた。

 

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