黄金の瞬~49~
印国から亡命してきた三人について、岳全翔は速やかに本島に報告する一方でさらなる情報を得るために個別で事情聴取を行った。
最初は印中員。彼から語られた内容は岳全翔達がすでに知り得ていたものを補完するものであり、目新しい情報はなかった。岳全翔は寧ろ印中員という人物そのものに興味を持った。
『誠実な人だが、誠実すぎて人としてのえぐみを感受する器量がないな』
印中員は太子にさせられそうになったから逃げてきたということを殊更繰り返した。
『それは正解だったかもしれないな。この人では国主は務まらないだろうし、民衆にとっても堅苦しいだけで益となることはないだろう』
あえて口にはしなかったが、岳全翔は印中員について辛い評価を下した。しかし、一個の青年として見た場合、穏やかで理知的な印中員は好青年であるように思われた。
「それはそうとしてお聞きになったかもしれませんが、御父上である印紀丞相が亡くなられました。お悔やみ申し上げます」
一通り事情聴取を行うと、岳全翔はいらぬことと思いながらも、印紀が亡くなったことを告げた。印中員はすっと涙を流しながらも、ありがとうございます、と礼を言った。
「私は私を太子にしようとした父を疎ましく思っていました。その父を捨て鑑京を出ましたが、決して恨んではいませんでした。それに父は結果として国家の大罪を犯したのかもしれませんが、刑死するに値する人物ではありませんし、値するだけのことをしたとも思っていません」
「印中員様。あなたは同盟を通じて泉国への亡命を希望されていますが、同盟の力を使って御父上の恨みを晴らすつもりはないのですか?」
岳全翔が懸念しているのは、本島の連中が印中員を印無須の対抗馬として擁立することであった。岳全翔としてはそれは避けたいのだが、印中員が乗る気になってしまうと止められぬと思った。
「それは思いません。父の敵を討ちたいとは思いますが、敵として戦ってきた同盟の力を借りたとあっては、仮に勝ったとしても私は良き国主として君臨することはできないでしょう。亡命するのが精々です」
「それを聞いて安心しました。私としてはこれ以上同盟を戦争の深みに嵌めたくありませんから。ですが、本島は必ずあなたにそのような話を持ってきます。ご注意ください」
岳全翔が言うと、印中員は少しだけ笑った。
「いや、失礼。岳司令は同盟首脳部と考えていることが違うのですね」
「前線指揮官としてあまり戦争をしたくないのですよ。守るための戦争ならまだしも、こちらか攻める戦争に益はありませんから」
変わった人だ、と印中員が感想をもらした。それは自分でも思っていることだった。
続いて芙桃と面談した。彼女と娘が亡命してきた事情は初めて知ることだったが、同盟にとってはあまり有益な情報はなかった。さっさと面談を打ち切ろうと思っていると、芙桃の方が質問をしてきた。
「岳司令。あなたは海嘯同盟でどれほどの地位の方なのですか?」
芙桃はどういうつもりで聞いてきたのだろうか。岳全翔が自分の地位に対してどれだけの責任を持つ立場にあるのか確認したいのだろうか。
「私は単なる前線の指揮官です。あなた方の処遇を決める権限はありませんよ。すべては本島の執政官達が決定します」
あらそうですか、と言うと芙桃はそれ以上何も言わなかった。岳全翔は小さくため息をついて芙桃との面談を終えた。
最後は芙鏡だった。先に一目見た時から美人だなと思っていたが、あれこれ話しているうちに見た目の美しさだけではない知性を感じることができた。
『そして意外に芯が強い……』
芙鏡から語られた鑑京脱出から現在に至るまでの話は、貴族出自の母子には過酷なものであっただろう。それでもやってこれたのは娘である芙鏡の存在が大きかったのではないか。
『この人は貴族らしい驕りや高ぶりを経験することがなかったのだろう』
そのことが芙鏡という女性にとっては良い作用を及ぼしたのに違いない。彼女の口から語られることは印中員、芙桃のものと差がなく、面談の時間も一番短かった。
「では、これで終わりにしましょう。ゆっくり休んでください」
「あ、あの……司令官様。ひとつよろしいでしょうか?」
「何ですか?」
司令官様という呼ばれ方はどうにもむず痒かった。
「私達はどうなるのでしょうか?」
やはりそこは気になるらしい。当然と言えば当然であった。
「私の口からは何とも。すべては本島が決めることですから」
「そうですか……」
「ま、女性のお二人は本島でお過ごしいただくことになるでしょうね」
「私はできれば新判にいたいです」
それは印国本土にいたいという思いなのだろう。岳全翔がそう思っていると、芙鏡は少し逡巡の様子を見せながらも思いもよらぬことを口にした。
「実は……」
芙鏡が語ったのは母である芙桃が同盟の力を借りて印中員を正統な太子として擁立し、印無須と対抗しようと画策しているということだった。それは岳全翔が一番懸念していることだった。
「まさか……そんな」
「私達がここにおれば、母も同盟の中枢部にいる方と会うこともないでしょう。そうなればよからぬことを画策することもないと思いまして……」
「理解はしました。私でできることはしますが、所詮は雇われ軍人ですから、どこまでできるか……」
お願いします、と芙鏡は丁寧に頭を下げた。




