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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
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黄金の瞬~48~

 印国における内乱について海嘯同盟側は静観の構えを見せていた。しかし、情報は常に本当にもたらされていた。その情報を仕入れて精査し、まとめた報告書を送るのも新判守備隊隊長である岳全翔の仕事だった。

 「軍人として戦も嫌だけど、こういう仕事も私に向いているとは言い難いね」

 この数ヶ月、岳全翔は机上の仕事しかしていなかった。

 「これも重要なお仕事ですよ」

 石硝が新たな書類を持ってきた。印国各地にいる情報提供者からもたらされる情報は一度石硝のもとに集められ、彼女が箇条書きにして岳全翔に提出された。岳全翔が苦手な事務作業をするにあたり石硝は非常な助けになっていた。

 「ありがとう。しかし、刻々と状況が変化するね。ん……どうやらひとまずは終結したようだね」

 「はい。章堯将軍と結んだ印無須太子が文慈での戦いに勝ち、鑑京で大将軍印疎と丞相印紀を斬ったようです。複数の情報を得てますから確実な情報かと思われます」

 「そうだろうね。しかし……処刑されたのは印紀と印疎、印栄だけか。印進の名前はないな」

 「先に自刎したという話もありますし、逃げたという話もあります」 

 「ふーん。逃げてこっちに飛び込んでこられると厄介だな。大将軍の敗残兵もある。新判周辺の哨戒を厳重にするように猪水宣に命じよう」

 「承知しました」

 印進は逃亡しただろう。岳全翔はそう思っていた。いずれ彼は捲土重来を期して海嘯同盟に亡命してくるかもしれない。そうあって欲しくない岳全翔だったが、この後すぐに別の客人を迎えることになった。


 昼食を終え、岳全翔が茶を喫しながら自分で書き上げた報告書を見直していると、石硝が緊張の面持ちで部屋に入ってきた。

 「どうかしたの?敵が攻めてきた?」

 岳全翔は冗談のつもりで言った。もし本当に敵が攻めてきたのならまず最初に猪水宣が飛び込んでくるだろう。

 「あるいは敵軍よりも厄介かもしれません……」

 「どういうこと?」

 「ひとまず兵舎へお越しください」

 石硝に促され席を立った岳全翔は、その時点で亡命者が来たなと思った。亡命者の扱いほど面倒なことはなかった。

 兵舎に到着すると猪水宣と複数の兵士の他に一人の男と二人の女がいた。男は体躯の線が細い若者で、女の方は二人とも目が覚めるような美人だった。三人は椅子に行儀よく座っていた。

 『どういう組み合わせなんだ……』

 印国からの亡命者は武人か政治家が多い。彼らはそのいずれにも該当しないように思われた。

 「尋問はしたの?」

 岳全翔は猪水宣を手招きし耳打ちした。

 「した。驚くなよ。男は印中員だ」

 「まさか……」

 「あくまでも自称だがな。証拠は司令官に見せると言って俺には見せてくれん」

 「女性の方は?」

 「芙桃、芙鏡と言った。こっちは素性が分からんから調べさせている」

 「ふん……」

 女二人の方はいいとして、男が本当に印中員なら岳全翔ひとりで抱えられる問題ではない。岳全翔は三人の前に座った。

 「私は新判守備隊隊長の岳全翔と言います。ま、印国でいうところの司令官なんでしょうね」

 岳全翔が我ながら情けないと思える自己紹介をすると、一番若いであろう女性がぷっと吹き出した。

 「岳司令官。私は印中員と申します。私は……」

 「いや、印中員という人物が今の印国でどのようになっているかは大よそ把握しております。ただ私はあなたが本当の印中員であるかどうか知りたいのです」

 「ああ、これは失礼……」

 印中員は懐から巾着を出した。そしてその中から掌大の金の塊を取り出した。

 「これは私の印です」

 印国に限らず国家の要職にある者や公族貴族などは自身の印を持ち合わせている。印国では印一族のみ金の印が持てるようになっていた。

 「本物の印のようだが……」

 岳全翔は刻印を見た。確かに印中員という名前が彫られていた。

 「いかがでしょう?」

 「生憎私は無学でね。これが本物の金なのかどうかも分からんのですよ。ともかく本島に照会しますのでしばらくお待ちください。悪いようにはしませんから」

 岳全翔からすると面倒くさいことはすべて本島のお偉い方に任せてしまおうと思った。

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