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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
786/963

黄金の瞬~44~

 印無須は凱旋した。鑑京の大路に集まった人々は歓呼の声をもって迎えた。しかし、その声の主達の心情は微妙だった。文慈では慕われている印無須だが、鑑京では乱暴者という印象しかない。そのような男が次期国主となるのだから、彼らは未来に暗さしか見えなかった。

 鑑刻宮に帰還した印無須がまず行ったのは、印角への報告ではなく、印紀の処刑だった。印無須は印紀が収監されている地下牢へと赴き、牢を開けされると問答無用で首を刎ねた。

 「こいつと印疎、印栄の首を晒せ」

 印無須はそう命じてからようやく印角と対面した。

 「主上に仇なす逆賊を見事誅殺致しました。このうえは御心を落ち着かせてお過ごしください」

 印無須は血まみれの衣服を改めることなく、印角に報告をした。本来であるならば、印無須はこの場で印角に退位を迫り、自らが国主の座につくつもりだった。しかし、これは章堯によって窘められた。

 「すぐに国主の座につけば、太子が国主の座を得んがために印紀達を殺したと思われてしまいます。ここは一時的に丞相か大将軍に収まり、謙虚さをお示しください」

 もやは章堯に絶大な信頼を寄せている印無須は、この助言に素直に従った。印無須は丞相と近衛兵長を兼任することになり、章堯は大将軍に任命された。そして印郷はこれを機に将軍の地位から勇退することになった。

 印無須が丞相となったものの、他の閣僚については全員留任となった。一方で将軍職については大きな変動があった。先述した通り章堯が大将軍となり、隗良が右少将、左沈令が右中将となった。また章堯の片腕というべき篆高国は鑑京の治安を預かる警執となった。

 軍事面の要職に章堯陣営の人間が抜擢される中、左中将に松淵が任命された。彼は勇退した印郷の孫にあたる。印紀逮捕と印疎討伐に一定の成果を残した印郷に対する最低限の配慮だった。


 警執は鑑京における警察権を握り、治安維持のために保安兵を動かす権限を持ち合わせていた。

 「いずれ鑑京は度々騒擾に見舞われるだろう。その時、お前が警執にいることが重要になってくる。しっかりと務めてくれ」

 章堯としては今後のことを考えても鑑京を牛耳ることが必要となってくる。そのために治安維持の権限を持つ警執に最も信頼している篆高国を置くことにした。

 「承知しました」

 篆高国は章堯の意図を汲み、警執の職務に着くことにしたが、大任を任された高揚感などなく、寂寥感しかなかった。

 篆高国はこれまでずっと章堯の傍にいた。章堯の傍にいて助言をし、時として命を賭けて戦ってきた。しかし、警執の職務に着くということは章堯から離れることになる。

 『私は嫉妬しているのだ……』

 章堯の傍には魏房が残った。確かに魏房の謀臣としての活躍は見事なほどだった。だから章堯は魏房に役職を与えず傍に残すことを選んだのだろう。だが、篆高国からすれば、自分が章堯の傍に残りたかった。

 『章堯様は私を信じて警執の任を与えてくれたのだ。私個人の感情などで考えるべきではない……』

 篆高国は悪い考えを振り払った。今は章堯の野望実現のために自分ができることをするだけだと心に決めた。


 大将軍となったことで章堯にひとつの特典が与えられた。それは、章銀花に対面することが容易になったことだった。

 今までは肉親であっても後宮に近づくことはできず、章堯が章銀花と面会するのは新年の参賀の時か、年に数度行われる印角主催の宴席の時のみであった。それがかなり緩められ、印角の許可さえあれば後宮に出入りすることができ、章銀花と対面することができるようになった。

 「章家の家柄となったのだから余の身内のようなものよ。いつでも遊びにくるがいい」

 印角は親しみを込めて章堯に後宮の出入りを許した。これについて魏房は、 

 「主上は堯様を味方に引き入れたいのでしょう。これよりは主上と太子の暗闘が始まりましょう。あまり主上に御心を許すことないようお願いいたします」

 と言って章堯が印角に近づくことに懸念を示した。そのようなこと百も承知している、と笑い飛ばした章堯は姉に会えることで浮かれていた。

 章堯は早速権利を行使して姉に会うべく後宮に踏み入れた。章堯にとっては久しぶりの後宮だった。後宮にはいい思いではない。印角の性的倒錯に付き合わされ、傍に姉がいなければ自我を失っていたかもしれない身としては近寄りたくもない場所のはずであったが、姉のことを思うとそのような忌まわしき記憶は消え去っていた。

 「堯、よく来ましたね」

 章銀花とは彼女の部屋で対面した。そこは小さい頃自分も暮らしたことのある部屋だった。

 「お久しぶりです、姉上」

 「あなたのことはよく聞いています。よく出世しましたね」

 章銀花は瞼に涙をためていた。章堯も姉に褒めてもらい嬉しくなって涙腺が緩んだ。

 「姉上……」

 「あなたはこれからももっと活躍をし、出世するでしょう。ですが、忘れないでくださいね。あなたが本当に欲しなければいけないものはすぐ近くにあるということを」

 姉は何を言っているのか。章堯は朧気ながら疑問に思ったが、この時はまだその言葉の意味を理解できなかった。



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