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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
781/964

黄金の瞬~39~

 哨戒部隊が壊滅させられたと知った印進は驚倒した。

 「章堯、血迷ったか!」

 すぐに印疎に伝令を送ったが、すでに隗良の部隊が眼前に迫っていた。

 「とはいえ所詮は小勢だ。軽くあしらってやれ」

 印進の目には隗良の先陣部隊しか映っていなかった。五百名程度の小規模な部隊なら十分に自己の戦力で撃退できると思っていた。

 しかし、隗良の背後にはすでに章堯の本隊が追いついていた。

 「隗良の働き、まことに見事だ。いくらでも賛辞を並べたいところだが、それは後のこととしよう。今は一刻でも惜しい」

 「そろそろ印進の本隊と交戦しているところでしょう。助けてやりましょう」

 「うむ。隗良に食らいつこうとしている印進軍の側面に出るぞ」

 魏房の言葉に頷いた章堯は自ら先頭に立った。隗良部隊が印進軍を食い止めている隙に側面に進出した。

 「突撃だ!章堯軍の力強さを見せよ!文慈の太子に勇気づけ、大将軍印疎を震え上がらせよ!」

 章堯の兵車が突撃すると、他の兵車と歩兵が続いた。印進は再び驚倒した。

 「章堯め!」

 印無須の夜襲で消耗していた印進軍であるが、それでもまだ数の上では印進軍の方が上である。しかし、章堯軍の苛烈な攻撃に晒された印進軍は瞬く間に壊乱した。印進は身一つでに逃げ出すしかなかった。

 

 印進軍の壊滅は、即ち征討軍の壊滅を意味していた。敗走する印進軍の将兵が印栄軍、印疎軍の方向へと逃げ出した。彼らが連れてきた恐怖が両軍に伝播するのに時間はかからなかった。

 両軍の将兵が浮足立つ中、章堯軍の容赦ない攻撃が敢行した。

 「背を見せた敵など数があっても敵ではない。捻り潰せ!」

 もはや章堯軍は数の上での劣勢をものともしていなかった。その奮迅を見た文慈の印無須は大きく手を打った。

 「見よ!章堯が救援に来たぞ。しかも、鬼神のような猛攻。ここは我らも呼応して出撃するぞ」

 印無須は今が必勝の時だと確信した。全軍を率いて出撃した。混乱する印栄軍に襲い掛かり、これを壊乱させた。

 「おのれ!章堯め!」

 印進軍と印栄軍が壊乱されたことを知った印疎は地団太を踏んだ。しかし、軍の指揮官として冷静なところがあり、このまま踏みとどまるよりも撤退して態勢を立て直すことを選択した。

 「国軍として秩序ある撤退をしろ。陣を立て直して鑑京からの増援を合わせて反撃する」

 印疎は印進軍と印栄軍の敗残兵を吸収しながら、撤退を開始した。その光景を遠望した章堯は、

 「伊達に大将軍の地位にあるわけではないらしい。よい撤退陣だ。深追いすればこちらも面白くない損害を被る。今は太子をお救いしただけで十分としよう」

 章堯も自軍に撤収を命じた。そこへ印無須が駆けつけてきた。

 「章将軍!よく来てくれた!貴殿こそ、古今無双の忠臣よ!」

 印無須は兵車を降りると章堯の兵車に乗り込んできて手を取った。

 『なんと軽薄な。これが太子か……』

 印無須には貴人としての重厚さがなかった。それが印無須の魅力かもしれないが、章堯は唾棄したくなった。

 『しかし、これよりしばらくはこいつを主として仰がねばならん。我慢だ……』

 自分に言い聞かせた章堯は兵車を降り、膝をついた。

 「太子におかれましてはご無事で何よりでございます。また太子の奮戦は正義を示し……」

 「そのような世辞はよい。それよりも印疎を追わなくていいのか?このまま一気に奴を屠り、鑑京を目指そうじゃないか」

 やはり軽薄だ。局地的な戦には強くても大局的な戦理には疎いのだろうか。

 「太子。今は勝利しましたが、それでも我らは印疎達に比べれば小勢です。鑑京にまで押し出すだけの力はありません」

 章堯が説くと、印無須は納得したように何度も頷いた。他者の意見を聞く耳はあるらしい。

 「では、どうすればいいのだ?」

 「この勝利を天下に大きく宣伝し、檄文をお出しなさいませ。それに実は臣の手元にはこれが来ております」

 そう言って章堯は印角からの勅諚を差し出した。一読した印無須は喜色を顕にした。

 「主たる父は我を見捨てていなかったのか。章堯、これを速やかに天下に示すぞ」

 「お待ちください。勅諚は印疎達も持っておりましょう。そうなればこの勅諚の力は決して大きくありません。ここしばらくは太子の檄文のみを信じる者をお集めください」

 「……なるほどな。主上の命令によってというよりも、俺の命令で動く連中を信じろということだな」

 物事の理解力もあるらしい。逐一説明する手間が省けるのはありがたかった。

 「ご賢察、畏れ入ります」

 「ひとまず今宵は戦勝の宴席を設けよう。まだ戦の途中だが、今日ばかりはよいだろう」

 配下の者達も呼ぶがいい、と印無須は兵車から降りて章堯の肩を叩いた。

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