黄金の瞬~38~
翌朝。章堯は各部隊長を集め、訓令を行った。
「これまでは演習であったが、今からは違う。諸君達も知っているだろうが、太子である印無須様が無実の罪を問われ、偽勅によって動かされた印疎軍によって攻撃されている、我は義をもって太子を支援するつもりである」
部隊長達は固唾を飲んで章堯の言葉を聞いていた。彼らは章堯に付き従い生き延びてきた者達ばかりである。たとえ大将軍と敵対することになっても、喜んでその道を選ぶであろう者達でもあった。
「諸君、聞き給え!大将軍印疎は丞相印紀とつるんで、自分達に都合のいい印中員を太子とするため鑑京において太子を襲った。その時には勅許を得ていなかったという。これはどういうことか!明かに主上のご意向を無視するものであり、国家の法に反するものである。しかも、後になって太子討伐の勅許を得たということは主上を脅したうえでの偽勅であることは疑いようがない。さて、諸君、ここまで聞いて正義がどちらにあるか。問うまでもなかろうな?」
魏房が章堯に代わって演説すると、部隊長達は同意する旨の言葉を次々と発した。
「言われるまでもなく丞相に正義なし!」
「俺達は将軍と生死を共にしてきたんだ。将軍と進むべし!」
章堯と魏房が睨んだ通り、彼らは章堯を妄信していた。この場に否定する者など誰もいなかった。
「諸君らの意気はよく分かった!いざ進め!敵は大将軍、丞相よ!憐れな太子をお救いするのだ!」
章堯が進撃を命じると、部隊長は我先にと立ち上がり、走って自分の部隊へと帰っていった。
将兵達の心を一つにした章堯は隗良に先発部隊を率いさせた。
「ようやくお前の手腕を見せてもらう時が来た。先陣を行き、勝利への先鞭をつけろ」
「はっ!承りました!」
章堯が命じると、隗良は力強く返答し、出発した。率いる兵は五百名。これまで隗良が戦場で率いてきた兵士数では最大の人数であった。
隗良は高揚していた。しかし、戦場に出れば武人としての冷静さを忘れておらず、自らに課せられた役割についても心得ていた。
「我らが動き出せば、流石の印疎も警戒して軍を出してくるだろう。躊躇うことなくこれを撃破して味方の士気をあげ、文慈に我らの意気を示すのだ」
章堯から詳細な命令を受けた隗良は、斥候から得た情報をもとに敵の布陣を詳細に知ることができた。
「三軍の中で印進軍が一番脆弱。しかも先に太子の夜襲になって消耗している。そちら側に進出しよう」
隗良は決断すると素早く出撃した。文慈を囲む三軍の中では最も北側に位置している。それもまた隗良にとっては都合がよかった。
「我らの行動を秘匿する必要はない。堂々と進軍するぞ」
隗良の部隊は大手を振って南下した。
隗良部隊の動きを当然のことながら印進は気が付いた。
「北から来る部隊など、章堯軍のものであろう。救援に来たのか?」
印疎は章堯に重ねて出撃するな、と命じてある。もしこれが章堯軍のものであるならば、命令違反となる。しかし、印無須の夜襲によって損害が発生している印進軍からすれば救援は正直ありがたかった。
「しかし、将軍。よもやということもあります。兵を出して詳細を知るべきです」
配下の将がそう進言した。印進は尤もだと思った。
「よし。では、三百名の兵を連れて相手の素性を確認して来い。敵対するのであれば、容赦する必要はない。適当にあしらってやれ」
印進はそれほど大事になるとは考えていなかった。
一方で南下する隗良は、印進軍の一部が北上してくると知ると戦闘準備を始めた。
「章堯将軍にお伝えするんだ。我、会敵せり、と」
行くぞ、と隗良は兵車を進発させた。
半日ほどして印進軍の哨戒部隊を発見すると、隗良は止まることなく攻撃を命じた。いきなり戦闘になるとは思っていなかった哨戒部隊は大混乱し、瞬く間に敗走した。
「追え!そのまま印進軍本隊に楔を打ち込むぞ」
戦場の将としての隗良の優秀さは判断に迷いのないことだった。そのため相手に思考させる暇を与えず、常に先手を取り続けていた。隗良からの報告を得た章堯も、その判断と行動の素早さに満足していた。
「戦場は流動的だ。判断に迷えばそれだけ敵に行動を与えてしまう。隗良はそれを知っている。まさに良将だ。今まで日の目を見なかったことが不思議なぐらいだ」
「良き将とは良き主君の中で輝くものです。凡愚のもとではどんな異才も曇るだけです」
魏房も友の活躍を嬉しく思っていた。
「隗良もお前も誰かの配下にならなくて良かったよ。もしお前達が印疎の配下ならば、俺は今頃奴に隷属させられていただろう」
恐縮でございます、と魏房は言った。
「さて、我らも急ぐぞ。隗良ばかりに活躍させては俺も流石に嫉妬するからな」
章堯は進軍速度を速めさせた。




