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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
778/963

黄金の瞬~36~

 印無須討伐の総大将は大将軍の印疎。これに印栄、印進を従えた大軍となっていた。

 「海嘯同盟との戦でもこれほどの陣容はなかっただろう」

 鑑京の民衆の一人は、ある種の皮肉を込めてそう日記に記していた。確かにこれほどの大軍で海嘯同盟と戦ったことなど過去に一度もなかった。それだけに印疎は印無須討伐に万全を期したということになるだろう。

 「この一戦で印無須を屠らねばならん。取り逃がしたり、一戦でも負ければ、それで我らの敗北と思え」

 印疎は覚悟をもって全軍に布告していた。印角の勅許を得たことで印疎の軍は義軍、印無須は国家の敵となったわけだが、それでもかつての太子である印無須と事を構えることに抵抗を感じている将兵は少なくない。一戦して速攻で勝たねば将兵は動揺するだろうと印疎は考えていた。

 「そのためにも章堯も参戦させるか……」

 印疎、印栄、印進。その三人の将軍が持つ兵力は印国軍全体の半分近くになる。それだけでも文慈による印無須軍三千名とあたるには十分過ぎる。それでもなお、印疎としてはより確実に勝つために章堯軍を加えるという手もあった。

 「当初の予定通り、章堯には静観しておいてもらいましょう。もし、あの小僧がこの戦でまたも戦功をあげればいかなる褒賞をもって報いるのですか?もはや位打ちもできませんぞ」

 道中の軍議で印疎が章堯参戦の是非を問うと、印栄が真っ先に反対の弁を述べた。

 「左様です。章堯は今、右中将です。そらに昇進させるのであれば、印郷殿に降格か、隠居を願わねばなりません」

 印進もまた反対した。右大将の印進からすれば、章堯がすぐのその下に来れば、次は自分であるという不安があった。

 「分かっている」

 分かっているからこそ、印疎は悩んでいた。より必勝を期すために章堯を加えたいという武人としての観点と、これ以上章堯を増長させたくないという印一族としての思惑が印疎の中でせめぎ合っていた。

 「それに私としては、あの男がじっとしているとも思えんのだ」

 印疎は本音を吐いた。章堯が印一族による内乱を黙って見ているというのがどうにも気味が悪かった。

 「章堯が印無須に味方すると?あの計算高い小僧が敗北の未来しかない方に味方するとは思えません」

 「栄の言うとおりだろう。しかし……」

 「大将軍。その不安は大勝をもって解消するしかありません。もし、章堯がそのような蠢動を見せるのであれば、一気に印無須を倒してしまえばいいのです。そうなれば奴も余計な動きができますまい」

 印進が力説した。その言葉に印疎は覚悟を決めた。

 「進の言こそ心理であろう。要は勝てばいいのだ」

 迷いがなくなった印疎は章堯に使者をやらず、まっすぐに文慈を目指した。


 文慈による印無須は、鑑京から討伐軍が発したという報せを受けて興奮していた。

 「印紀と印疎の奴はよほど俺のことが怖いと見えるな。三軍合わせて約一万五千。片やこちらは三千。ふふ、同盟ですらこんな大軍を相手にしたことがないだろう」

 強がりではなく印無須は本当に高ぶっていた。寡兵をもって大軍と戦い勝利する。それこそ武人の本望であるぞ、と感じていた。

 「相手が大軍であれば、寡兵である我が方に同情する者もおりましょう。檄文は発し続けなさいませ」

 華士玄が謀臣らしい助言をした。

 「無論だ。精々健気に戦わねばな」

 「籠城するにしても局地的には勝利、あるいは善戦せねばなりません。章堯将軍は味方すると申しておりましたが、戦局次第ではどうなるか分かりませんぞ」

 「ふん。章堯が裏切るのであれば裏切ればいい。奴の裏切りを天下に公表して笑いものにしてやればいいだけだ」

 これも決して強がりではない。印無須には章堯が裏切らぬであろうという自信があった。印無須は章堯と直接の面識はない。その人となりを伝聞で知るだけであるが、その性格と野心を正鵠に見抜いていた。

 『あれには大いなる野心がある。この機に乗じて印疎達を排除したいはずだ。その野望を叶えてやろうとする限り、奴は味方する』

 自分が国主になれば大将軍にも丞相にしてもしてやろう。もし、そのうえで自分に牙を剥くのであれば、国主として排除すればいい。そのぐらいの気概がなければ勝てまいというのが印無須の心情であった。

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