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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
777/964

黄金の瞬~35~

 義王朝二五〇年三月、印無須は自らの采邑である文慈において挙兵した。

 「丞相印紀は自分の息子を次期国主にしたいがために兵をもって俺を捕縛しようとした。丞相とそれに加担した大将軍は武力をもって国家の秩序を乱した。これほどの大罪を犯したのは印国の有史以来ない。その悪行を許してなるものか!」

 正義の志ある者は我の下に集え、と印無須は檄文を飛ばした。

 印紀達が武力をもってして印無須を拘束しようとしたのは客観的な事実である。いくら印無須が傍若無人な人物であるとしても、国主である印角の命令もなく武力でこれを除こうとしたのは印国の政治体制を崩したことに他ならない。そこが印紀にとっては泣き所ではあった。

 「印無須が文慈において兵を挙げました。これは明かに主上に対する謀反でございます。討伐の勅命を戴きたい」

 印紀と印疎は連れ立って印角に印無須討伐の勅許をを迫った。

 「もし拒めば余も拘束するか?」

 そう言いながらも印角は祐筆を呼び、印無須討伐の勅命を書面にさせていた。

 「お戯れを。臣達がそのようなことをするはずありません」

 「するはずないか……。無須にはしておいてよく言えたものだ」

 印角は祐筆から書面を受け取ると、文末に花押を認めた。

 「主上は別でございます」

 印無須討伐の勅状は一度印紀の手に渡り、そこから印疎に下された。

 「これでお前達は正義を得たわけだ。やるからには必ず勝ってもらわなければ困る。もし負ければお前達も余も命はないと思えよ」

 「もとよりそのつもりでございます」

 印紀と印疎は、これ以上の問答を避ける様にして退出していった。

 「丞相と大将軍は勝つ気でいるか……。しかし、余には二人に死相が見えるのだがな」

 印角は再び祐筆を呼び寄せた。すぐ傍まで来させて耳元で何事か囁いた。


 討伐軍は鑑京を発したのと入れ替わるようにして篆高国が戻ってきた。彼の主たる目的は鑑京に戦火が及んだ際に章堯の姉である章銀花を助け出すことにあった。

 「ひとまず銀花様に会わねば」

 万が一の時には自分が助けに行く、ということを伝えておかなければならない。とはいえ、鑑刻宮の後宮にいる章銀花に会うのは容易ではない。親族である章堯ですら姉と面会するのには許可を得ねばならず、そもそも男子禁制の後宮に容易く入れるはずがなかった。

 しかし、手がないわけではない。後宮は男子禁制であるが、医師や料理人などの一部例外があった。その例外の中に商人というのもあった。後宮の生活において買い物は妃や姫の楽しみの一つ。それを担う商人は宦官の付き添うという条件で後宮に出入りすることができた。

 章堯は非常の時のためにさる宝石商に賄賂を渡していた。その宝石商の従者として後宮に入るためであった。篆高国はその手を使うことにした。

 篆高国は宝石商を訪ね、章銀花に会う旨を伝えた。宝石商は委細を聞かず快諾し、早速手筈を整えてくれた。三日後、後宮に入れることになった。

 宝石商の従者となった篆高国は無事に章銀花に会うことができた。

 「久しいですね、高国。活躍は聞いておりますよ」

 章銀花は当然の来訪にも関わらず、落ち着いた笑顔で迎えてくれた。

 『やはり美しい人だ……』

 篆高国からすると章銀花は眩し過ぎる高嶺の花だった。親戚として古くから知るが、その美しさは年相応のものになりながらも衰える気配がなかった。

 「非常のこと故、このような形でお会いすることをお許しください」

 章銀花は篆高国の突然の、それも変装をしたうえでの訪問に驚く様子もなく、にこやかであった。篆高国はこの女性が動揺している姿というのものを見たことがなかった。

 「世上での騒動はご存じでございましょう。そのために鑑京も戦火に巻き込まれることありましょう。その時は私がお助けに参りますので、常に心掛けておいてくださいませ」

 「承知しましたが、おそらくはそのようなことはないでしょう」

 章銀花は自信ありげだった。その神々しい姿もあって、篆高国には章銀花が予言者のように見えた。

 『この人が言うのだからそうなるだろう……』

 まるで根拠などなく篆高国はそう思った。しばらく呆然と見惚れていると、章銀花は小首を傾げた。

 「どうかしましたか?高国」

 「いえ、銀花様がどうしてそのように思われたのかと思いまして……」

 「鑑京の外に堯がいます。堯が上手くするでしょう」

 章銀花は弟に絶大な信頼を寄せている。篆高国は多少の嫉妬を感じていた。その嫉妬が誰に向けられているものなのか。篆高国自身、分からずにいた。

 「高国の心はここにあらず、という感じですね。早く堯のもとに帰りたいですか?」

 「い、いえ。騒乱が収まるまでは鑑京にいるようにということなので……」

 「貴方は生真面目ですね。自分が堯の傍にいないといけないと思っているのですね」

 章銀花にはすべてを見通されていた。そうなのだ。今や章堯の周囲には魏房がおり、隗良がいる。自分はもはや章堯にとって唯一無二の腹心ではなくなったのではないか、という不安が常に付きまとっていた。

 「安心なさい、高国。堯は貴方だからこそ鑑京にやったのですよ。あの子は誰よりも貴方を信頼しているのです」

 章銀花の言葉にはそうなのだと思える不思議な力があった。篆高国は危うく落涙しそうになった。

 

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