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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
769/963

黄金の瞬~27~

 章家の家名を受け継いだことで、章堯は他の公族貴族が主催する宴席に誘われる機会が急激に増えた。章堯からすれば煩わしいことであり、誘われたところで行く気などさらさらなかったのが、新しく帷幕に迎えた魏房が釘を刺した。

 「今後、章堯様がさらなる高みに行くのであれば、適度に彼らと付き合われた方がよいでしょう。誰が章堯様の味方をし、誰が敵となるのか。見極める必要があります」

 なるほど、と思った章堯は定期的にそのような会合に参加することにした。

 「今宵は太子主催の宴席ですか?」

 宴席に行く時は必ず篆高国を連れて行った。魏房、隗良を仲間にしながらも、章堯が一番信頼を置いているのはやはり篆高国だった。

 「そうだ。太子主催とあって参加者も多い。魏房が是非行った方がいいと言ったからな」

 場所は鑑刻宮の南宮にある大広間である。すでに会場の多くの人々が駆けつけていた。

 「あら、章堯様」

 会場に入るなり、章堯は声をかけられた。顔も知らぬ若い女だった。馴れ馴れしく章堯の手を取った。

 『誰だ?こいつ』

 章堯は一気に不愉快になった。きっとどこかの貴族の令嬢で、父や母に章堯と昵懇になるように言い含められているのだろう。章堯の周りに集まってくる女といえば、この手の奴らばかりであった。

 「章堯様、よろしければあちらで一緒に飲みませんか?」

 女がしな垂れてきた。きつい香の匂いが章堯の鼻を突いた。その瞬間、急に気分が悪くなり、吐き気を込み上げてきた。

 「し、失礼!」

 章堯は女をはねのける様にして会場を出た。堯様、と篆高国が追いかけてきた。

 会場を出た章堯は、近くにあった寝椅子に座り込んだ。吐き気は収まったが、気分の悪さは抜けない。

 「堯様……まだ香の匂いは駄目ですか?」

 「当たり前だ!」

 申し訳ありません、と篆高国はすまなそうに謝罪した。

 章堯にとって女が焚く香の匂いが心の傷となっていた。章堯が姉と一緒に印角の後宮に放り込まれた頃、章堯は印角の相手だけではなく、印角の寵姫達からも性的な行為を強要された。時として印角が章堯と寵姫が交わっているのを見物することもあった。寵姫の相手をする時は必ず香が焚かれた。今にして思えば、あれは媚薬を混ぜた香ではなかったかと思うのだが、それ以来、章堯にとって香は忌むべきものとなっていた。

 「すまない。お前に怒鳴っても仕方ないことだったな」

 「堯様、お気持ちは分かりますが、いずれは奥方を娶って章家を繁栄させねばなりません」

 「分かっている……だからこうして来ているんじゃないか」

 「ご理解いただき幸いです」

 「戻ろう。その前に水を一杯……」

 「はい、どうぞ」

 陶器の杯が差し出された。差し出したのは篆高国ではなく、着飾った一人の女性だった。

 「巫夫人……」

 巫雪という年配の女性だった。かつての上官の夫人ということもあって昔から好意的であり、こういう社交場で章堯が頼れる数少ない人物だった。彼女は香を焚き染めていない。

 「これは恥ずかしいところを見られてしまいました」

 「気にしないで頂戴。ああいう連中は、相手するだけで疲れるわ」

 相手しない方がいいわよ、と巫雪は社交界の先輩として助言してくれた。

 「ありがとうございます」

 「とはいえ、章家を継いだわけだから、このまま帰るわけにもいかないでしょう?一緒に参りましょう。私が傍にいれば、近づいてくる小娘もいなくなるでしょうよ」

 巫雪の申し出を章堯はありがたく受けることにした。

 巫雪と一緒になって大広間に戻ると、確かに先程のように若い娘は近づかなくなった。社交会において一定の地位を築いている巫雪は、女性達から一種に畏敬の念を持たれていた。

 しばらくの間、巫雪と篆高国で話し込んでいると、至る所から大きな拍手が起こった。太子のお見えだ、という声が聞こえてきた。

 群衆の向こう側に太子―印無須の姿が見えた。齢三十となる。すでに正妃を得ているが、疎の閨にはまったく寄り付かず、全国から搔き集めた美姫を侍らしている。

 「やぁやぁ、諸君。今宵は無礼講ぞ。飲みたまえ、食べたまえ。そして睦合いたまえ」

 印無須は完全に酔いが回っており上機嫌だった。隣にいた美姫の胸を掴むと、情熱的な口づけを公衆に披露した。

 「帰りましょう。酔いが醒めたわ」

 巫雪は急に不快感を顕にした。

 「太子として敬うけど、あんな嬌態を他者に見せつけるのは趣味じゃないわ」

 「大丈夫ですか?ここで帰ったら太子の不興を買うかもしれませんよ」

 篆高国が巫雪に耳打ちした。

 「大丈夫よ。どうせ向こうはこちらのことなんて眼中にないわ」

 我が家で飲み直しましょう、と言って巫雪は章堯達の肩を叩いた。実際に印無須は巫雪や章堯の存在などまるで気にしていなかった。

 だが、この太子の存在こそが印国を混乱へと導くことになり、章堯もまたその混乱に巻き込まれていくことになる。

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