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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
767/964

黄金の瞬~25~

 韻幕逮捕の報は数週間遅れで新判にもたらされた。岳全翔は驚きつつも、緊張した。

 『私も同士と思われたか?』

 韻幕が実際に印国と密通していたかはどうでもいい。官警は韻幕と自分が会っていたことも掴んでいるだろうから、岳全翔も何かしらの追及を受けるかもしれない。

 しかし、しばらくしても何ら音沙汰がなかった。韻幕が自害したという話だけが伝わってきただけだった。

 「どうとでもなれ。いざとなれば印国に亡命してやる」

 開き直った岳全翔のところに執政官から書類が届けられた。書類の中身を見た岳全翔は猪水宣を呼び、意見を求めた。

 「秘書官をつけるだ?」

 岳全翔から書類を渡された猪水宣は文面を見て大きな声を上げた。

 「そうらしい。今の今まで新判の守備隊長に秘書なんていなかったのに、どういう風の吹き回しなんだか……」

 「答えは単純明快。お前の監視だよ」

 「そうだよな。面倒なことだ」

 やはり執政官達は岳全翔のことを警戒しているらしい。韻幕の事件が尾を引いていると思われた。

 「まぁ、厄介な事務仕事任せてしまえよ。おっと、それではずぼらな守備隊長がさらにずぼらになるな」

 「ずぼらで結構。さぼって給料もらえるのならいいじゃないか。口煩い人じゃなければいいんだけど」

 その秘書官が新判にやってきたのは一週間後だった。

 「守備隊長の秘書官を拝命しました石硝です」

 岳全翔の前で石硝はきびきびとした動作で挨拶をした。

 『女性か……』

 書類には名前しか書いていなかったので岳全翔はてっきり男性だと思っていた。

 「岳全翔です。よろしく」

 「よろしくお願いします」

 石硝は言葉遣いこそ丁寧だが、視線はどこか冷たかった。というよりもどこか自分のことを値踏みしているように感じられた。

 石硝が秘書官となって数日、岳全翔は非常に息苦しかった。石硝は仕事中はほぼ片時も離れなかった。

 「助けてくれよ。こんなんでは心休まらん」

 仕事が終われば石硝は自分の宿舎に引き上げる。岳全翔がようやく自由になれる時間だった。岳全翔は猪水宣を酒場に誘って愚痴をこぼした。

 「ははは。そりゃ、贅沢な話だ。いいじゃないか。若くて美人な秘書なんて、同盟でも相当の富商ならなければ持つことができんぞ」

 「若くて美人だけど、石延執政官の娘だぞ。良ければお前に譲るぞ」

 御免被る、と言って猪水宣は水のように酒を飲み干した。

 「あれはお前を監視に来ているんだろ?私には関係ない」

 「やれやれ。女気のない職場で辟易していたところに女性秘書官が来たと思ったら単なる監視役か。私の人生にろくなことがない」

 「では、もう一件行くか?娼館でもいいぞ」

 「それこそ御免被る。そんな気力ないよ」

 また明日、あの射るような冷たい視線を一日中浴びるのかと思うと、夜遊ぶ気力など湧いてこなかった。


 岳全翔の秘書官になる。父である石延からその話を聞かされた時、石硝は興奮した。英雄と言われた岳武の息子。そして自身も立派な活躍をしている。そのような人物の傍で仕事できるのは喜びしかなかった。

 「硝、分かっているな。お前は単に秘書官として行くのではないぞ。岳全翔をしっかりと見張れ。細かいことでもいい。何かあったら私に知らせるのだ」

 まだ二十歳を過ぎたばかりとはいえ、石硝にも政治の機微というものは分かる。父と伯父は名声のある岳全翔を警戒している。岳全翔が石家にとって不利なことをしないか監視せよということだった。石硝としては岳全翔を監視するという仕事は気が引けるが、それよりも英雄の息子の傍で働いてみたいという欲求の方が勝った。

 しかし、石硝の興奮は赴任してすぐに醒めていった。対面した岳全翔は実にだらしない格好をしていた。守備隊には一応制服が支給されているが、着用の義務はない。それでも指揮官階級になると制服を着ている者なのだが、岳全翔は寝間着と間違ってしまうような服を纏っていた。

 『この人が岳全翔……。英雄の息子……』

 石硝は幻滅してしまった。すぐに帰りたくなったが、父の期待を裏切るわけにもいかないのでぐっと我慢した。

 石硝の幻滅は続いた。岳全翔は朝の定時も守らないし、新判守備隊の指令室でもろくな仕事をしていない。気が付けば同僚と勝手に昼飯に出かけているし、夜もいつの間にかいなくなっていた。

 『父さんや伯父様は警戒しているけど、それほどの人物じゃないでしょう』

 そのように報告してさっさと本島に帰してもらおう。石硝は新判に来た時の興奮を返して欲しくなっていた。



 

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