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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
762/963

黄金の瞬~20~

 篆堯は章家の家名を継いだことによって章堯となった。以後、章堯と記すことになる。単に苗字が変わっただけではなく、公族の一員となったのである。

 「公族になったとはいえ、基本的には何も変わらん。せいぜい自分の名前を書く時に気を付けるだけだな」

 章堯は黒原での後処理を終えて帰ってきた篆高国を労うために酒場へと誘った。その席で篆高国が不在時に起こったことを報告した。

 「まずは祝着ですが、これで銀花様も公族となりました。あるいは銀花様が正妃となるかもしれません」

 「ふん。姉上が正式にあの老い耄れのものとなるのは気に入らんな」

 章堯は覿面に嫌悪感をむき出しにした。

 「しかし、堯様が更なる高みに至るには銀花様の存在が重要になってきます」

 「分かっている。それはそれとして俺は魏房と隗良を得た。あの二人を得たことは大きいと思っているが、お前はどう見る?」

 つい数刻前、章堯は篆高国と魏房達を引き合わせていた。

 「隗良は勇者でありましょう。堯様の指揮下におらずとも独自で軍の進退ができるほどの器量を持っております」

 篆高国による隗良の評価に章堯は満足そうに頷いた。

 「魏房はどうだ?」

 「魏房は知恵者でありましょう。戦場においては作戦を立て、後方では謀を巡らすことができましょう。ただ、他者への忠誠よりも自己の才能を発揮することに生き甲斐を感じているような男です。気を付けて用いるべきです」

 「ふむ、確かにな。だが、俺なら魏房を御し得る自信がある。俺を鑑祇などと一緒にするなよ」

 「堯様がそのおつもりなら、私としては何も言うことはありません」

 「しばらくは出師もないだろう。じっくりと力を蓄えるとするか」

 まもなく海嘯同盟で執政官を選ぶ選挙が始まる。選挙の直近直後は出師を行っていなかった。章堯としては英気を養う時間が訪れた。


 海嘯同盟の執政官選挙中に印国が出征を行わないのには理由があった。かつて一度だけ選挙期間中に出征を行ったことがあった。その結果、海嘯同盟は危機に対して一枚岩となり、印国軍は手ひどい敗戦を経験した。しかもその後、印国に対する強硬な政権が誕生し、数年は辛酸をなめることとなったからだった。

 それから印国は選挙期間中は出征せず、間諜を送り込んで情報を探りつつ、印国に融和的な政権が誕生するように内部工作もしていた。海嘯同盟の選挙はまさに狐狸が跋扈する場所であった。

 新判の守備隊長となった岳全翔が本島に召喚されたのは、まさに執政官選挙真っ只中の時だった。

 「こうも守備隊長が頻繁に呼び戻されたら、守備もくそもないな」

 今回は岳全翔一人だった。印国軍は選挙期間中は攻めてこないであろうが、用心のために猪水宣を守備隊長代理として残してきた。

 定期船が本島の港に到着し、桟橋に降り立つと、そこには執政官首座である石豪士が立っていた。その姿を見つけた瞬間、岳全翔はうげっと聞こえないように呟いた。

 「おお、よくぞ来てくれた、岳殿」

 石豪士は両手をあげて大仰そうに岳全翔を迎えた。

 「石執政官。私はどうして本島に呼ばれたんですか?」

 普段、石豪士の岳全翔に対する態度はどちらかといえば冷ややかである。この大歓迎ぶりは気味が悪かった。

 「まぁまぁ。君の功績に対してたまには労ないといけないと思っただけだ。さぁ、馬車に乗りたまえ」

 石豪士は岳全翔の背中を押し、無理やりに馬車に乗せた。

 馬車は執政官の公邸へと入っていった。馬車を降りるとそのまま広間に通された。そこには数十名にも及ぶ人がいて、岳全翔が入ってくると万雷の拍手を送った。

 「な、何なんですか、これ?」

 岳全翔の戸惑いを余所に、石豪士はぽんと岳全翔の肩を叩いた。

 「皆さん、今日の主役の岳全翔殿だ。もう一度、大きな拍手を」

 石豪士が言うと、また万雷の拍手が起こった。よく見ると彼らは海嘯同盟の商人達であった。

 「岳殿は印国軍の侵攻を防いだ。まさに御父上である岳武殿に勝るとも劣らぬ武功だ。今宵はその武功を労いつつ、美食と美酒をお楽しみください」

 石豪士は言い終わると、商人達一人一人に挨拶して回った。すでに岳全翔のことなど忘れているようであった。

 『ははん、これはだしにされたな』

 要は石豪士主催の宴席に客として連れてこられたのだ。選挙前の宴席に岳全翔を呼ぶことで箔をつけ、自分の功績として主張したいのだろう。岳全翔は怒るよりも呆れてしまった。

 『私を政治利用しやがって……』

 とはいえ来てしまった以上、どうしようもない。腹いせに美味いものだけはたらふく食って帰ろうと思った。

 

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