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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
761/963

黄金の瞬~19~

 篆堯による戦勝報告が終わると、印紀は印疎、印栄、印進、印郷を呼んだ。閣議は存在していたが、この五人が事実上の印国の最高意思決定機関であった。

 「鑑祇の助命はやむを得んだろう。篆堯の言うとおり、実際に兵を挙げたわけではないからな。遠島が十分だろう。問題は篆堯のことだ」

 そこで言葉を区切った印紀は他の四人を見渡した。発言を求めたつもりであったが、誰も俯いて声を上げなかった。

 「主上は篆堯に褒賞を、と言ったが、鑑祇が兵を挙げなかった以上、武功があるわけではない。階級をあげるというわけにはいかんだろう」

 印紀は言って印郷を見た。篆堯が次に昇進すれば左中将。現在その席に座っている印郷は降格となるか退役とならざるを得ないだろう。それを分かっている印郷は手を上げた。

 「私への気遣いがあるなら無用だ。どうせ年だ。退役でも構わん」

 「そうもいかんだろう」

 印疎はそう言いながらも、妙案は浮かんでいないらしい。再度そうもいかんと言ったきり黙ってしまった。

 「実は以前より主上は篆堯に章家の名跡を継がせたいと仰っていた。私としてこの際、それも止む無しだと思っている」

 印紀の言葉に一同は息を飲んだ。章家は印一族の名跡であったが、数代前に跡継ぎが生まれず、廃絶となっている。それを復活させようと言うのである。しかも印一族ではない者に継がせるのだ。

 「丞相、流石にそれは……」

 立ち上がろうとした印進を印紀が手で制した。

 「分かっている。だが、私としては主上の意向を尊重したい」

 印紀としてここで印角の機嫌を損ねたくなかった。それに重大な理由があった。

 印角は多数の寵姫を抱えていたが、どういうわけかなかなか子宝に恵まれなかった。数人の女児と一人の男児を生んだだけだった。その一人の男児が太子の印無須であった。

 男児と記したが、この時すでに四十歳。父と同様に女色家であり乱暴者でもあった。気に食わないことがあれば平気で臣下を殴り、殺害したこともあった。印角はそれでも印無須を太子としているが、世間の評判は至極悪い。

 一方で印紀には印中員という息子がいた。こちらは印無須よりもやや若い。性格は対照的に温厚そのもので、印一族の中でも人気があった。印角も印中員の人柄を愛し可愛がっていた。そのため鑑刻宮の中では、

 『主上は先々、印無須を廃嫡して印中員を太子にするのではないか?』

 という噂が広がっていた。当然ながら印紀としては悪い話ではなく、機を見てそのことを願い出ようと考えていた。そのためにもここで印角の機嫌を損ねたくなかったのだ。

 印疎達もそのことを理解していた。彼らにしても将来主上となるのが乱暴者の印無須よりも印中員の方が断然よかった。

 「丞相のお気持ちは察するが、篆堯が章家を継ぐとなると、銀花姫が妃となる可能性も出てきます」

 印栄がいう懸念も印紀は理解している。印角は十数年前に正妃と死別し、それ以来正妃を立てていなかった。篆銀花は並居る寵姫の中でも最も印角のお気に入りである。もし篆堯が章堯となれば姉も章銀花となる。そうなれば印氏の一員となるので、正妃となることも不可能ではなかった。

 「銀花姫が正妃となるということはあの小僧がますます増長しますぞ」

 「栄殿の懸念は尤もだ。しかし、私としてそれを承知の上で主上の意向を汲もうと思っている。それが我ら印氏にとって最善であると考えるからだ」

 印紀としては篆銀花が印角の正妃となっても子は産めないと思っている。子さえなさなければ、篆堯の勢力が伸張しても印氏のそれには及ぶまいというのが印紀の読みであった。

 「丞相のお考えが定まっているのであれば、我らはその判断を尊重するしかあるまい」

 一同の長老格である印郷が言った。他からそれ以上の意見が出ることはなかった。

 「では決まりだな。主上には篆堯の章家を継がすことで今回の褒賞とする旨を言上致す」

 では早速に、と言って印紀は席を立った。

 

 戦勝報告をした翌日には勅使が篆堯のもとを訪れ、章家を家名を授けると伝達された。実は前日の深夜に印紀の使者が内意が伝えてきた。

 「主上の格別の思し召しである。断ることなきように」

 「断る理由などあろうはずがありません。丞相にも御計らいいただきありがとうございました」

 そう言って篆堯は使者に印紀への賂を持たして帰した。実は事前に魏房から章家の家名を授かるかもしれないという予言めいたことを言われていた。

 『今回、将軍は何ら武力行動を起こしていませんが、出征した以上、何かしらの褒賞を与えねばなりません。丞相達は昇進や領地を与えることを渋るでしょう。そうなると名誉的なもの、即ち公族や貴族の家名を与えるということが考えられます。その時はぜひとも受けください』

 魏房の予測がまさに的中したことになった。篆堯は章家の家名を得たことよりも、魏房という異才の真価を垣間見たことの方が嬉しかった。

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