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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
759/963

黄金の瞬~17~

 捕らえられた魏房はそれほど過重な監視下に置かれることはなかった。一個の天幕を与えられ、食事も陣中にしては贅沢なものが与えられ、酒も出された。厚遇と言っていい。

 『篆将軍はどういうつもりか?』

 魏房は勝手に篆堯軍の陣地に入り、鑑祇を奪おうとした罪人である。捕らえられた以上、その場で命を奪われてもおかしくなかった。しかし、篆堯は魏房を裁くことなく、生かしたまま厚遇している。理解ができなかった。

 『警備も緩い。篆将軍は情けをかけて鑑祇様を救い出すことを黙認してくれているのか……』

 都合のいい方向に考えればそういうことだろう。しかし、ここで鑑祇がいなくなれば篆堯にとっても不名誉なことであろう。そのようなことをするとは思えなかった。

 『どちらにしろ明日には鑑京へと辿り着く。やるとするならば今夜にもやらねば』

 もうすぐ当番の兵士が夕食を運んでくる。その時に兵士の剣を奪って人質に取るか。などと考えていると、

 「魏房殿、面会です」

 「面会?」

 篆堯だろうか。どうぞ、と応じると、天幕に入ってきたのは隗良であった。

 「隗良?どうしてここに?」

 「それはこっちの科白だ、と言いたいが、まぁそうだな。どうしてここにいるんだろうな、私は」

 隗良は魏房の前に座った。

 「まさかお前も鑑祇様を救出しようと忍んできたわけではあるまい」

 「勿論だ。私はお前を助けに来たのだよ」

 隗良が事のあらましを話した。鑑祇を救出するために鑑京を出た魏房が捕らわれたと判断し、篆堯に魏房の助命を直談判に来たのである。 

 「黙って屋敷を飛び出しことは悪いと思っている。しかし、私の助命とは余計なお世話だ」

 「余計なお世話か……そうだな、そうかもしれん。だが、この際は余計なことをさせてもらうぞ」

 私はお前と言う存在が惜しい、と隗良は言った。

 「惜しいか……私がか?」

 「そうだ。私は魏房という男は大才だと思っている。その大才を埋もれたままにしておくには惜しいし、天下の損失だと思っている」

 「私はそれほどの男か?主人を助けられず、不慮の身だぞ」

 「それは才能を発揮させるに相応しい主人に出会っていないだけだ」

 隗良は魏房の前で腰を下ろした。

 「なぁ、魏房。お前は鑑祇様に諫言を容れられず、置き去りにされた。もはや鑑祇様に忠誠心など感じていないはずだ。そうじゃないか?」

 隗良の呼びかけに魏房は肯定も否定もしなかった。

 「それでもお前は鑑祇様を救出しようとして臣下の務めを全うしようとした。それは鑑祇様に忠誠心を抱いているのではなく、自分の中に印国武人としてのあり様を示したかっただけではないのか?」

 「……返す言葉もない。これは俺の単なる自己満足だ」

 「ならば仕えるべき主人を改めて出直さないか?」

 「どういうことだ?」

 「私はお前を救うために篆将軍に目通りした。将軍は私にこう仰った。魏房を助けたければ、二人合わせて臣下になれ。そのために私にお前を説得しろと」

 「私とお前が篆将軍の部下……」

 「お前を助けるためでもあるが、私は満更でもないと思っている。もし、このようなことがなくても篆将軍からお声がかかれば喜んで臣下になったかもしれない」

 「お前がそんな男だと思わなかったぞ」

 「どちらにしろ私はこのままでは下級貴族で終わる。武人として一旗揚げるには今だと思っている。篆将軍は私よりも遥かに年下だが、才人であることには間違いない。それもいずれは印国を左右する大器だ。仕えるに相応しい人物だ」

 魏房としても篆堯が大器であることは承知している。その大器に付いて行けば出世はできるだろう。だが、魏房は決して出世をし、富貴を得たいわけではない。武人として自己の才能を最大限に活かせる人物に仕えたかった。

 「篆将軍は仕えるに相応しい御方だろう。だが、その臣下の中に私がいる場所があるかね?私は槍働きは苦手だぞ」

 「私もお前に槍働きができるとは思っていない。篆将軍がお前のどこを気に入っているか分からんが、とにかく将軍が望んでおられるのだ」

 仕えてみないか、と隗良は魏房の手を取った。しばらく無言でいた魏房は隗良の手を払った。

 「分かった。私がどれほどのことができるか分からんが、将軍の下で働いてみるとしよう」

 「それでこそ我が友人だ」

 隗良は魏房の肩を叩いた。



 

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