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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
758/963

黄金の瞬~16~

 魏房を捕らえたままにした篆堯は、鑑祇にそのことを伝えなかった。伝えれば魏房の素性を知ることができるかもしれないが、伝えたところでどうとなることでもあるまいと思い、秘しておくことにした。それに篆堯には別の方法で魏房のことを知る術があった。

 篆堯の陣中に麦爺という雑役がいた。すでに六十は超えているだろう老人で。篆堯の天幕で雑務を行っていた。日に焼けた肌はいかにも健康的で、身のこなしもかろやかであった。そしてどういうわけか鑑刻宮の人物は出来事に非常に精通しており、その面でも篆堯は重宝していた。おそらくはかつて間諜の仕事をしていたか、あるいは盗賊稼業か何かをしていたのではないかと思うのだが、本人は何も語らず篆堯もあえて聞くことはなかった。

 魏房を捕らえた日の翌朝、朝食を運んできた麦爺に魏房のことを訊ねてみると、

 「ああ、知っておりまする。確か鑑祇様の直臣でございます」

 麦爺はやはり魏房のことを知っていた。

 「どういう男なんだ?」

 「武芸よりも頭が冴えるお方と聞いております」

 麦爺の表現はいつも簡潔であった。

 「鑑家の中ではどのような存在であったか分かるか?」

 「重宝はされていたようですが、直諫を恐れぬところもございますので、時として煙たがれることもあったようです」

 「なるほど、相変わらず詳しいな」

 「へへ、だてに長く生きておりませんので」

 篆堯は麦爺に銀貨を与えて下がらせた。

 篆堯は、魏房は黒原にはいなかったと推測している。もし黒原におれば、あのような馬鹿馬鹿しい降伏をさせなかったであろうし、奪還するにしても鑑京に近い場所では行わないだろう。そうなれば魏房はずっと鑑京にいたことになり、麦爺の話の通りなら鑑祇に干されていたことになる。

 『干された主人の命を救わんとしたのか……。忠義に厚いのか、それとも単なる底抜けの馬鹿なのか……』

 どちらにしろ面白い男だと思っていた。もし、魏房が知性溢れる男ならば、ぜひとも部下にしたいと考えていた。

 篆堯は自分と同心できる配下を探していた。そのような男は今のところ篆高国しかおらず、今後のことを考えればそういう人物が何人か欲しいところであった。

 『槍働きもいいが、頭のきれる男が欲しい』

 篆高国もどちらかといえば頭脳派である。たとえば今回の黒原のように篆堯のもとを離れ、政治軍事の両方を取り仕切れるだけの人物が篆高国以外にもどうしても欲しかった。魏房がそれに相応しい人物なのかどうかまだ分からぬが、少なくとも臣下の一人に加えてもいいとは思っていた。

 「篆将軍、よろしいでしょうか?」

 篆堯が兵車に揺られながらあれこれと思考していると、伝令兵が近づいてきた。

 「どうかしたか?」

 「隗良なる者が将軍に面会したいと申しております」

 「隗良?」

 「はい。歎願したいことがあり、鑑京から来たと申しております」

 隗良というのも知らぬ名前であった。

 「歎願の内容は?」

 「将軍に直接申し上げると言うだけで、我らには語ろうとしません」

 魏房が鑑祇の奪還を試みて捕らえられ、その後に隗良なる者がやってきた。繋がりがないといえないだろう。

 「ふむ。どうしても俺に直接言いたいことがあるのなら、同行を許してやる。今晩の野営地で会ってやると言え」

 承知しました、と言って伝令兵は離れていった。


 夜になり篆堯軍は野営を始めた。篆堯は天幕で隗良に面会した。

 「隗良でございます。お目通りいただきありがとうございます」

 全身に引き締まった体つきをしている隗良が身を縮めて丁寧に挨拶をした。武芸に秀でた下級貴族。麦爺から事前に聞き出した情報を体現しているような男だった。

 「俺達は明日にでも鑑京に入る。何かと忙しく故、要件があるなら端的に言ってくれ」

 「将軍の陣営に魏房という男がいるかと思います。私はその友でございます」

 隗良は単刀直入に切り出してきた。その小気味の良さには好感が持てた。

 「隗良とやら、どうして魏房なる者がここにいると思っているのだ」

 「魏房は鑑祇様の臣でございました。諫言を容れられず、主人から見捨てられましたが、黒原で降伏したと知ると、これを救出すべく鑑京を飛び出しました。そして、未だ鑑京に帰ってきた様子がありませんので将軍の陣に捕らえられていると推察致しました」

 頭も悪くなさそうだった。

 「それで仮に魏房がこの陣にいるとしてお前は何しに来たのだ?」

 「魏房を解放してもらうためです。鑑祇様は私の主君でありませんので、どうなろうと私の知らぬことですが、魏房は友人です。友は助けたいのです」

 「それで単身乗り込んできたのか……」

 篆堯は率直に羨ましいと思った。篆堯にとって篆高国がそれに値するかもしれないが、彼は従兄である。篆高国は本家筋の篆堯に忠誠心を持って仕えているだけで、友情関係とは言い難かった。

 「確かに魏房は我が陣にある。お前が推察したとおり鑑祇を救出にきたようだ。鑑祇は天下の罪人だから国法において裁かれるが、魏房は我が陣中でのことなので裁くのは俺だ」

 存じております、と隗良は言った。

 「よろしい。お前達の友情に免じて魏房の罪は問わぬようにする。但し、条件がある」

 「条件ですか?」

 「そうだ。お前と魏房が我が陣営に入ることだ。これから魏房に会わせてやる。それでよく相談することだ」

 意外そうな顔をした隗良はしばらく返事ができず、ただ篆堯の顔を見ていた。

 

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