黄金の瞬~15~
隗良の屋敷を去った魏房は、鑑京を出て篆堯軍の居場所を探した。鑑祇を救い出すなら鑑京に到着する前に行わなければならない。
「我ながらおかしなことをしている……」
鑑祇には愛想をつかしたはずであった。自分の意見は容れられず、一言もなく鑑京を去って決起しようとした鑑祇のことを主君として敬愛しているかどうかと問われれば否と答えるであろう。しかし、魏房という一個の男児を客観的に見た場合、かつての主君の死を座視している姿があまりにも情けなく、尻を蹴り上げて叱責してやりたくなった。
「結局、自己満足だな」
鑑祇は仲間とみていた連中に悉く裏切られたと言っていい。また彼についていった家臣達も大した方策もなく、鑑祇を降伏させた。せめて魏房がかつての家臣として男を見せねば世間の笑いものとなるだろう。魏房を突き動かした衝動とは、要するに主君に仕える臣の姿というものを天下に喧伝したいというものであった。
「どうせならそれに相応しい主君に仕えたかったが、これも定めか」
主君は家臣に忠誠を求める。それならば家臣もまた主君に忠誠するに相応しい振る舞いを求めて然るべきではないか。今更どうしようもないことを思いながら、魏房は商人の姿に変装し、単身で北へと向かった。
黒原から鑑京へ戻る時も篆堯軍の進軍速度は快速であった。
鑑祇を護送するための馬車は現地で調達できた中で最も高級なものを用意し、貴人とての礼を失うことなく丁重に待遇した。しかし、馬車の周りには十数乗の兵車が取り囲んでいた。
「面白みのない任務となってしまったが、鑑祇を奪還しようと試みる奴らがいるかもしれん。鑑祇がなんと言うおうが、警備は厳重にしろ」
そう命じた篆堯であったが、仲間に見捨てられた鑑祇などを奪還しに来る者などいないだろうと思った。
鑑京まで残り二舎となった夜。就寝前に読書をしていた篆堯の元に兵士が飛び込んできた。鑑祇のいる天幕の近くをうろついていた不審者を捕らえたという報告がなされた。
「何者だ?」
「分かりません。名も素性も明かしませんが、我ら警備の兵士が交代する時機を狙って陣に忍び込んだようで、武具も我が軍の者を身に着けておりました」
篆堯は配下の一兵卒に至るまでの能力には信頼をおいている。当然ながら警備は万全であったはずだ。それで忍び込んできたのだから、相当の手練れであろうと思われた。
「武勇に自信があるのか。それとも知恵が回るのか。今はどうしている?」
「縄を打って捕らえております」
篆堯としてはこの場でその不審者を処罰したところで問題はなかった。しかし、鑑祇の奪還を試みたかもしれないと思うと、興味が湧いてきた。
「連れてこい。俺が直々に尋問してやる」
捕らえられた不審者はすぐに連行されてきた。両手に縄をかけられており、両端に立つ兵士に肩を押さえつけられ篆堯の前で跪かされた。
「ふん……」
年の頃なら同じぐらいだろうか。見たことのない顔だった。篆堯はそれなりに印国の人臣については精通していたが、それでも見かけたことはなかった。
『鑑祇の直臣か。面構えはいい』
即座に処罰せず正解であったかもしれない、と篆堯は思い始めていた。
「貴様、名を何という?鑑祇を奪還しに来たのか?」
「……」
不審者は答えなかった。篆堯を睨むわけでもなく、かと言って諦めて項垂れるわけでもなく、顔は正面を向きながらも視線は常に移動させていた。この期に及んで逃げ出すことを考えているのだろう。
『面白い男だな。殺すにしては惜しい』
そう思い始めた篆堯は不審者を押さえつけている兵士二人に下がるように命じた。兵士達はやや心配そうな顔をした。
「安心しろ。俺が縄で縛られた男に負けると思うか?」
篆堯は笑いながら言うと、兵士達は一礼して天幕を出ていった。
「どういうつもりだ?」
「ようやく喋ったな。ふふ、単純にお前と会話をしてみたかっただけだ。せめて名前ぐらいは教えてくれ。そうでないと会話しにくい」
「魏房……」
篆堯の知らぬ名前だった。
「鑑祇の臣か?鑑祇を奪還しに来たのだろう?」
さらに問いかけても魏房は話をしなくなった。ますます魏房という男に面白みを感じた篆堯は処罰せずにそのまま捕らえたままにしておくことにした。魏房の処遇をどうするかは篆高国が帰ってきてからでも遅くはあるまいと思った。




