黄金の瞬~14~
隗良の屋敷に匿われて以来、魏房は見るからに落ち着きがなかった。
『無理もない……』
隗良には魏房の気持ちが痛いほど分かった。主人である鑑祇に見捨てられ、愛想を尽くしたと言いながらも、やはりその動向は気になるらしい。隗良に会う度に黒原がどうなったかと訊ねていた。
「気になるのか?」
隗良が聞くと、魏房は顔を苦しそうに顰めた。
「気にならんわけではないだろう。仮にも主君だった人だ」
鑑祇が鑑京を逐電したと知った時は感情的になり、もはや主君ではないと思っていた。しかし、しばらくして冷静になると旧主の行く末が気になるのであり、そのまま見捨ててしまうのは元家臣としてどうなのだろうかという心情があった。もし、このまま鑑祇が戦に負ければ、待っているのは間違いなく死である。その死を元家臣として座したままでいいのか。魏房は隗良の屋敷に逃げ込んできてから、ずっとそのことで懊悩としていた。
「しかし、今更どうにもならんだろう。討伐に向かったのはあの篆堯将軍だ。世間がどう見ているか知らんが、私はあれほどの戦上手を知らん。お前には悪いが、鑑祇様は勝てないだろう」
「分かっている」
「分かっているならいい。魏房、変な気を起こすなよ。友として忠告しておく。今ここで表に出ればお前も処分されるんだからな」
隗良が念を押すと、分かっていると魏房は再度言った。
鑑祇の反乱は実に呆気なく終了した。鑑祇が頼みの綱としていた諸定が結局は決起せず、篆堯軍に黒原を囲まれた鑑祇は一戦も交えることなく降伏した。
「主上におかれましては何か考え違いをされているようである。主上に申し開きする故、道案内せよ」
実質的には降伏であったが、鑑祇自身は決して降伏しているつもりはなかった。あくまでも謀反を起こしているというのは印角達の勘違いであるとし、それについて弁明するという姿勢であった。
『馬鹿かこいつは……』
篆堯の前で居高丈に振舞っている鑑祇を見て、己がいかに愚かであるかをこの貴人に教えてやりたかった。すでに鑑祇が認めた檄文は鑑刻宮にもあり、黒原に戦争準備のための物資が運び込まれているのも露見している。それにも関わらず自らが潔白であると主張し、その主張が通ると信じている貴人がいかに世間知らずの愚か者であるか、鑑京の酒場の親父でもそう感じるだろう。
「高国、どう思う?」
ひとまず篆堯は鑑祇を天幕に案内し、そこで待機してもらうことにした。
「大将軍からは鑑祇を捕らえた場合は生きて護送せよと命令が出ています。丁重にお送りしましょう」
「勿論だが、一戦もせずに収束してしまっては、誰が敵となり誰が味方となるか、分からず仕舞いになってしまった。それがどうにも口惜しい」
篆堯は鑑祇という存在をうまく使えないかと考えていた。例えば鑑祇を護送する警備を軽くしてわざと脱出させ、反乱を長引かせるということもできた。そうなれば反印一族の存在がもっと湧き出てくるかもしれない。
「堯様のお考えは分かりますが、ここは粛々と行いましょう。下手なことをして堯様の名声を下げさせる事の方が私としては危惧します」
篆高国は篆堯の思考を正確に読み取っていた。これだからこそ篆高国は篆堯にとって欠くことができない右腕であった。
「そうだな。いらざる小細工はこの際避けるべきだな。鑑刻宮の連中が鑑祇をどのように裁くか。見物させてもおうとするか」
篆堯は篆高国を黒原に残し残務処理を任せることにした。自らは鑑祇を護送し、鑑京へと帰還した。
鑑祇降伏の詳報はすぐに鑑京に届けられた。隗良も早々にその情報を手にしたが、魏房に伝えるべきかどうか判断に悩んだ。
『魏房に伝えれば、あるいは鑑祇を救出するかもしれん』
今の魏房を見ているとやる可能性が高いと隗良は見ていた。鑑祇は呆気なく篆堯に降ったところをみても、自分が許されると考えている節がある。しかし、鑑刻宮の印角達は印一族安寧のためにも鑑祇を殺すであろう。そのようなことは隗良でも理解できることであり、自分よりも明敏な魏房が思い至らぬはずがなかった。
「しかし、言わなかったら後で魏房に責められる……」
友の命を守ることになるのならば、友に責められても構わぬ。そう思いなおした隗良はしばらく黙っているつもりでいたのだが、どうやら魏房は知ってしまったらしい。隗良が情報を仕入れた翌日には屋敷から姿を消していた。




