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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
753/963

黄金の瞬~11~

 印国内乱火種は国都鑑京にあった。

 印国を支配する印一族には枝分れした分家として章家と鑑家があった。章家はすでに何十年も前に家名が断絶してしまったのだが、鑑家は細々とながら命脈を保っていた。

 鑑家の当主は鑑祇。齢五十。公族の一員として名を連ねているが、閣僚にも将軍にもなれず、鑑京の一隅で燻っていた。

 「鑑家も国主の一族だ。それにも関わらずこうも冷遇されるのは印家のせいだ」

 鑑祇の暮らしぶりは悪くない。北方に持つ領地から収入と支給される恩給があり、公族として最低限の贅沢をして生活することができた。しかし、鑑祇には現状の生活に満足できる野心が備わっていた。

 「印家を鑑刻宮から一掃しない限りは鑑家に未来はない」

 その一念を若い頃から抱いていた鑑祇は印一族による支配を面白く思っていない者達を密かに集め、いつの日か事を起こすことを夢見ていた。

 「そろそろ事を起こさねば、私はこのまま鑑京の片隅で朽ち果てていくだけだ」

 先の海嘯同盟の戦で印疎と篆堯が褒賞されたのが鑑祇の危機感を強めた。このままでは印一族の支配力は一層強くなるだけではなく、篆堯のような若僧が台頭してきている。ますます鑑祇が入り込む隙間がなくなってしまう。

 「同志も増えたし、彼らの不満も高まっている。今が時機だと思うのだが……」

 鑑祇が打ち明けたのは魏房という家臣であった。まだ年若いが沈毅で思慮深く、早くから印一族を排除する野望について打ち明けていた。

 「時機と言えば時機かもしれませんが……」

 魏房は言葉を濁した。このまま印一族の支配はますます強固になて盤石となるだろうと魏房も思っている。ここでやらねば永遠に機会が失われるという焦燥感も理解できた。だが、同時に機が熟しているとは思えなかった。反印一族の熱も高まっているが、その熱量が印一族の支配を崩せるほどのものではなかった。

 「そもそもこの鑑京は我が鑑家のものだ。それを強奪したのが印家だ。その意味でも国都鑑京は鑑家に相応しいものではないか」

 鑑祇の言葉に熱が帯びていくほど、魏房は冷静になれた。

 『いつの話をしているのだ……』

 もともと鑑家が領有していた鑑京を国都として印氏に差し出したのは百年も前のことである。百年前の恨みなど、現在の原動力となるはずがなかった。

 「私が声を上げれば各地から印家に不満を持つ者が立ち上がる。正義の義軍を起こすのだ」

 「お待ちください、鑑祇様」

 魏房は慌てて止めた。

 「安心しろ。ここには私とお前しかいない」

 「そうではありません。殿は反旗の兵を挙げるおつもりなんですか?」

 当然ではないか、と鑑祇は言った。

 「殿、すでに印国の国軍はすべて印一族の支配下にあります。いくら印一族に不満を持つ勢力があろうとも兵を起こして勝つのは容易ではありません。寧ろ殿が公族であることを利用し、暗殺と陰謀をもって鑑刻宮から印一族を排除すべきでしょう」

 魏房には計画があった。まず毒をもって国主印角を殺害し、その罪を丞相の印紀になすりつける。そして大将軍である印疎をして印紀を処罰させる。それだけで印一族の力が随分と弱まるというものであった。

 「馬鹿なことを言うな。これは義挙なのだ。暗殺など陰湿なことできるはずがない」

 馬鹿なことを言っているのは鑑祇の方ではないか。鑑家の現在の拠点はあくまでも北部にあり、鑑京近辺には兵力を有していない。そのような状況でどのようにして軍事的蜂起をするというのか。魏房がそのことを問うてみると、鑑祇は顔を真っ赤にした。

 「そのようなこと分かっている!ならば我が領地に行って蜂起すればいいではないか!もうお前には何も相談せん!」

 魏房は啖呵を切って席を立った。その日以来、鑑祇が魏房を召すことなく、他の重臣達と相談するようになった。


 「まさか鑑祇様は本当に軍事行動を起こすのではないのか?」

 鑑祇から干された魏房は、事のあらましを親友である隗良に打ち明けた。隗良は鑑家の家臣ではなく、下級貴族で印国軍の武人であった。二人は生家が隣というもあり、幼いころから友人関係にあった。

 「ご本人はそのつもりだ。これを潰さねば、鑑家は滅びる」

 「そうだな。鑑家だけでは今の印家には対抗できまい」

 隗良もまた印一族の支配に不満を持つ者の一人であった。早い段階から魏房から鑑祇の志を聞かされ、行動を共にすることを決めていた。

 「反乱は失敗が許されないのだ。一度で決めねばならんのに、殿はそれがお分かりではない」

 「それでどうするのだ?」

 「静観するしかない。あるいは事が起これば上手くいくように動くしかない」

 魏房の苦悩に隗良は無言で頷き理解を示すしかできなかった。

 

 

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