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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
752/963

黄金の瞬~10~

 印国軍の襲撃から新判を守り抜いたという事実は、岳全翔に更なる箔をつけることになった。戦果が本島に報告されると執政官より招集命令が届けられた。それに従い、岳全翔は本島へと向かう定期船に乗っていた。

 「これでいよいよ我らが大将も昇進ですかな?」

 同じく招集を受けた猪水宣が嬉しそうに言った。海嘯同盟の中では虎壕に代わって新判の守備隊長を任されるのではないか、と言われている。

 「昇進はするだろうなぁ」

 岳全翔はちっとも嬉しくなかった。これでまた岳全翔の虚名が広がるだけだ、という思いがあった。

 「嬉しそうではないな」

 「そりゃそうだ。私は商人になりたいんだ。軍人なんて柄じゃないよ」

 知っているだろ、と言うと、何度も聞きました、と猪水宣が返した。

 「まぁ、いいんじゃないか。将来的に辞めるにしても地位が高ければ年金もいい額貰えるぞ」

 「そういう楽しみしかないか……。でも、流石に新判の守備隊長はないだろう」

 執政官達は岳武の息子という名声を利用しつつも恐れている。新判の守備隊長ともなれば相応の軍事力を支配下に置くことができる。それを軍閥化の一歩として警戒するはずである。

 「一層の事、本島勤務にしてくれないかな。事務仕事でもなんでもやるぞ」

 「それこそないな。すでに岳全翔の名声は同盟では知らぬ者はない。その岳全翔が閑職に回されたとなれば、周囲がいろいろと勘ぐられるぞ」

 「やれやれ。私の親父は息子にろくなものを残さなかったな」

 海嘯同盟が拠点とする本島が見えてきた。岳全翔は気鬱になってきた。


 海嘯同盟が本拠地としている島は本島と言った。印国の西部群島の中ではもっとも大きな島であり、三日月形をした島の形状は多くな船舶を停泊させるのに適した良港となっていた。その港を見渡すことができる場所に執政官達が集まる執政官事務所があった。

 「間もなく岳全翔が来るが、本当に新判の守備隊長への昇進でいいんだな?」

 現在の執政官は全部で五人。その首座に座る石豪士は残り四人の執政官の顔を見渡した。

 「やむを得ないでしょう。岳全翔は事あるごとに軍人を辞めたがっています。それがこちらに来られては困ります。軍人と言う立場に縛り付けておくには重職につけ、責任ある地位を与えるしかないでしょう」

 そう言ったのは石延。石豪士の弟にあたる。

 「岳全翔の気質からして軍閥を形成するようなことはありますまい。それよりもあの父譲りの智謀を印国軍との防波堤として利用すべきでしょう」

 二人の追従したのは孫無信。石兄弟の腰ぎんちゃくと言われている。

 「他の二人は異存ないか?」

 石豪士が残る執政官である憲飛と近徴を見た。二人はほぼ同時に頷いた。

 「ならば決定だな。岳全翔を新判の守備隊長にする」

 石豪士は手元にあった書類に署名した。それこそ岳全翔を新判の守備隊長にするための命令書であった。


 新判の守備隊長はあるまいと思っていただけに、岳全翔は命令書を受けたっと時はやや意外に思った。一体執政官達にどのような思惑があるのか。疑問に感じた岳全翔は、執政官の一人である近徴を夕食に誘い出し、執政官達の腹の内を探ることにした。

 「単純なことだ。間もなく執政官選挙がある。その前にお前が軍人を辞め、商人になって欲しくないだけだ」

 近徴は父である岳武の古くからの友人で商売仲間であった。そのため近徴は何かと岳全翔に目をかけてくれていた。

 「選挙ね。私は商人になったところで執政官選挙になんて出ませんよ」

 執政官選挙は原則として四年に一度行われる。立候補する資格は商人にしかなく投票でいるのも商人だけである。

 「お前がそう思っていても、岳武の名声と岳全翔の実績は脅威なんだ。お前が選挙に割って入れば、落選する者もいるだろうからな」

 選挙における得票数の上位七名が執政官になることができる。但し、一定の得票数に達しなかった者は上位七名に入っても執政官になることができなかった。要するに票を多く獲得する者が現れれば、それだけ執政官の数が減るということだった。

 「迷惑な話です」

 「特に石豪士だ。あれは次に当選すれば七期目になる。是が非にでも当選して任期を延ばすつもりだ」

 執政官には最大で七期、合計で二十八年しかできないように決められている。もともとは五期であったのが、石豪士によって増やされたという実績がある。石豪士はその任期の回数をさらに増やそうとしているというのだ。

 「権力というのは化け物ですね。できれば近寄りたくない」

 「その方がいい。だからこそしばらくは軍人に甘んじておけ。しばらくは印国との争いもないだろう」

 「どうしてですか?」

 「まだ未確定な情報だが、印国内で内乱が起きるかもしれないんだ」

 執政官にしか知り得ない情報があるのだろう。内緒の話だ、と言いながら近徴は仔細を教えてくれた。



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