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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
749/963

黄金の瞬~7~

 篆堯と篆銀花の両親は鑑刻宮に奉仕する下級官吏であった。篆家は代々その役職にあり、父も無難にその職務をこなしていた。父はそれほど有能な官吏ではなかったようだが、それでも生涯その役職を守るだけの才覚はあった。篆姉弟はやや裕福な家庭で幸せに暮らしていた。

 篆堯達の生活が暗転したのは篆堯が十二歳、篆銀花が十四歳の時だった。父の上司が海嘯同盟から賄賂を受け取っており、印国の軍事情報などを漏洩させていたことが発覚。篆堯の父は漏洩事件に関わってはいなかったが、連座制が適応され、処罰を受けることになってしまった。

 連座制は官吏を相互監視することが目的であり、上司の不正を見抜けず報告できないという科で遠島を申し付けられた。所謂流刑であるが、流される先は北方の孤島である。刑期も定められていなかったので、生きて帰って来れる保証はなかった。そこへ父に対して思わぬ取引が持ち込まれた。

 「お前の息子と娘は美男美女と聞く。それを後宮に収めるのであれば、罪を一等減じて北鑑への左遷とするだろう」

 父にそのような提案したのは印紀という男だった。印紀は当時、民部卿を務めていた。印角が篆姉弟の美しさに興味を持っていたことを知った印紀は、この取引をもって篆堯達を印角に差し出すことに成功。その功績で丞相となったといわれている。

 篆堯の父は二つ返事でこれを受けた。父は自己が助かりたい一心で娘と息子を売ったわけである。二人はすぐさま後宮へと放り込まれた。自分達にどういう運命が待ち受けているのか。それが分からぬ篆堯と篆銀花ではなかった。二人は国主の慰めものとなった。

 印角という国主は、表向きは人畜無害そうな風貌をしているが、後宮に入るとまるで別人のようになる。一夜に複数の寵姫を一室に集め、代わる代わる相手をし、楽しみとした。その中に寵姫だけではなく、見目麗しい少年も含まれており、篆堯も餌食となった。

 篆堯は終生、後宮でのことを忘れることはなかった。寝台の上で組み伏せられ、自分の体内に印角のものが入って来た時の激痛と羞恥は篆堯にとっての一生の疵となった。

 篆堯が後宮にいたのは半年ほどだった。篆堯を地獄のような日々から救い出したのは父の兄である篆望国。篆高国の父であった。

 「堯はこのまま後宮で慰めもので終わるような男ではない。私が責任を持つから高国の学友として士官学校に通わせてやりたい」

 篆望国も宮城に詰める官吏であった。篆望国は各方面に働きかけ、篆堯を後宮から救い出すことに成功した。そして篆高国と一緒に士官学校に入れて面倒を見た。

 篆堯は伯父の期待に応えるべく勉学に励み、首席で士官学校を卒業した。それから武人としての才能をいかんなく発揮し、戦場に出ては数々の戦果をあげた。これに印角の寵愛もあり、篆堯は印国史上始まって以来の速さで将軍となった。

 「俺は伯父上と高国には足を向けて眠れん」

 それが篆堯の口癖だった。戦勝祝賀の祝宴という不愉快な時間を終えた篆堯は篆高国を呼び出し、街の酒場で飲み直していた。篆堯は酔いが回ると必ずこの口癖を口にしていた。

 「堯様は篆一族の主筋です。当然のことです」

 篆高国は顔色一つ変えずさも当たり前のことのように言った。篆高国は酒に強く、どれだけの飲ましても酔っているところを見たことがなかった。

 「今更、主筋もなにもないだろう……」

 篆堯は酒に強くない。一杯目の葡萄酒がまだ半分も減っていなかった。

 「いえ、重要なことです。主家の繁栄無くして分家の繁栄もありません。その点は父に酸っぱく言われてますので」

 篆望国は現在、官吏の立場を退き隠棲をしている。それで篆家一族の長老的存在であることには間違いなかった。

 「そう言ってくれると嬉しい。いつかお前にも報いてやらんとな……」

 「ありがたいことです。しかし、堯様がどれほど高い地位を望まれても、味方が私だけではどうにもなりません」

 「分かっている」

 そのことが篆堯の悩みの種であった。篆堯の下には優秀な将兵がいる。彼らはもし変事があれば篆堯のために戦うであろうが、その数は一師に過ぎないし、戦い場所は戦場に限られている。

 「これからは宮城でも戦いになるだろう。その戦いには兵卒は役に立たない。少なくとも将校や閣僚の地位にある者で俺の味方になってくれる人物を探さねばならない」

 「そのとおりです」

 「だが、ご存じのように俺が妬み恨まれている。味方になってくれるような御仁がいるとは思えん」

 「現在の印一族が宮城を牛耳っている現状に不満を持つ者もおります。特に下級官吏や将校の中には少なくありません」

 「確かにな。しかし、その中から本当に俺と同心してくれるのか、見つけるの大変だぞ」

 「いずれ分かるかもしれません。実はちょっとしたことを小耳にはさんだのです」

 「ふむ……」

 篆高国が声を押さえ、篆堯に耳打ちした。その内容を聞いた篆堯は小さくほくそ笑んだ。


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