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七国春秋  作者: 弥生遼
黄金の瞬
746/963

黄金の瞬~4~

 複数の小舟に乗り、水路をもって出撃した岳全翔は、篆堯軍の背後に進出することに成功した。すでに山際は白み始めている。この時刻に奇襲をするのも意図的なものだった。

 「明け方が一番眠いし、起きれない。誰しもそうだろう?」

 そういう岳全翔が大欠伸をして配下の兵士達を小さく笑わせた。岳全翔は決して豪傑型の人間ではなかったが、飾らない態度が兵士達を惹き付けていた。

 「とはいえ、敵も馬鹿ではないだろう。適当に暴れてほどよいところで撤退するように」

 岳全翔は猪水宣に目くばせした。岳全翔が頭脳で作戦を考えるのなら、猪水宣は前線で刀槍を振るうのが仕事だった。

 「行くぞ!」

 猪水宣は槍を小さく振るった。それを号令に兵士達が静かに船を降り、敵陣を目指した。


 奇襲を受けた時、篆堯は浅い眠りについていた。そのため、天幕の外の騒がしさに気が付き、すぐに跳ね起きた。

 「奇襲です」

 無遠慮に篆高国が天幕に入ってきた。こういう時も篆高国は非常に落ち着いていて、本当に奇襲を受けているのかと疑いたくなるほどであった。

 「落ち着いて反撃しろ!夜襲を仕掛けてくる敵など所詮少数だ。大したことはない!」

 天幕を出た篆堯は大きな声を発して兵士達の動揺を治めた。流石に篆堯の下で訓練された兵士達は篆堯の号令をよく聞き、秩序を取り戻していった。

 「夜襲に気を付けておりましたが、まさか背後からとは……。一体、どこから出てきたのでしょうか?」

 「さてな。一旦海に出たのかもしれないな。どうあれ、こちらが完全に弛緩している時間帯を狙われた。敵の指揮官はやり手だ。気を抜くな」

 篆堯は自分を戒めるように言った。

 敵は篆高国の指揮のもし、組織的な抵抗を開始すると、すぐに引き返していったが、それでも相応の損害を受けてしまった。篆堯は怒りを滲ませて地面を蹴った。

 「くそっ!この俺がしてやられるとは……」

 「すでに印疎将軍の本軍は敵と会敵していることでしょう。ここは新判攻略を諦め、本軍と交戦している敵軍の側面にでて脅かすべきでしょう」

 「そうだな」

 篆堯の決断は早かった。このまま新判攻略を続けても良かったが、新判の守将が容易ならざる相手であると思えた。そうなれば新判攻略に固執するよりも、本軍の手助けをした方が戦果が挙げられると判断した。

 「すぐに撤収を命じろ。今回は新判を肉薄できただけでよしとする。それよりも本軍を助けるぞ」

 絶妙な時機に奇襲を仕掛けてくる相手ならば、撤収するこちらの後背を襲ってくるような真似はしないだろう。篆堯は悠然と新判近郊から去っていった。


 去り行く篆堯軍を岳全翔は何もせずに見送った。猪水宣は追撃すべきだと主張したが、岳全翔は首を振った。

 「敵はあの篆堯だ。こちらの追撃に対いて逆撃するぐらいの準備はしているだろう。そうなれば無用な損害を食らうだけだ」

 今は撤退してくれただけで十分だ、と戒めた。

 「それでは後で虎壕殿に怒られるかもしれんぞ」

 「我が軍が勝てればね」

 岳全翔は不吉な予測をした。ここで篆堯軍の後背を脅かしたところで得られる戦果は少ない。それよりも敗走してくるかもしれない味方の損害を少なくする方が良いのではないか。

 「負けるかね。我が軍は」

 「勝てはしないさ。そもそもの軍事力が違う。それでもやってこれているのは財力と知恵と勇気だ」

 それらがあるからこそ商人達の互助会に過ぎなかった海嘯同盟が国軍と対等に渡り合えて来たのである。同時にそれが海嘯同盟にとって大いなる枷になっているような気がしてならなかった。

 『同盟が新判など得なければ、この戦いはもっと早く終わっていたはずだ』

 親父は余計なことをしてくれたものだ、と岳全翔は密かに思っていた。海嘯同盟の財力と岳全翔の父親の知恵、そして将兵の勇気が新判を得るという戦果を生み、その新判を死守するという執政官の妄執が印国との戦争を無用に長引かせていた。岳全翔はこの不毛な戦争をそのように見ていた。

 「それならばいつでも出撃する準備をしていた方がいいな」

 「そうだな。それと本島に連絡して医療品などの補充を求めよう」

 それが本来の私の仕事だからな、と岳全翔は輜重の仕事を忘れていなかった。

 

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