春陽の風~9~
その晩、樹弘は終始ご満悦であった。
「何か良いことがありましたか?」
子供達と食事を取った後、樹弘は私室で樹朱麗と夫婦だけの時間を過ごしていた。いつもならば二人で他愛もない雑談をして過ごすのだが、今晩の樹弘は書類をじっと眺めながら時折笑みをこぼしていた。
「それは嬉しいよ。子供というのは親が知らないうちにちゃんと成長するらしい」
「元秀の提案書ですか?内容は別としてよく書けていましたね。でも、あれは夏蓮が書いたものでしょう?」
「だからこそだよ。元秀は夏蓮の才能を認めてこれを書かせた。元秀は太子、即ち次期国主として自分の考えを口にしてそれを書かせた。これこそ国主の仕事じゃないかな?」
「そうかもしれませんが……」
「それにね、この内容だよ。元秀は我が国だけではなく中原全体のことを見ている。この視野の大きさは僕にはない。それだけでも元秀は立派だ。国主になる資格がある」
「あなたこそ今や中原の覇者じゃないですか」
「それは他人は言っているだけだ。僕自身はそんなつもりはないし、自分の国のことを中心に考えてしまう。僕はまだまだだよ」
樹弘は手にして書類を大事に机の上に置いた。
「元秀は優しい子です。その慈悲深さは私も認めますし、国主にとって必要不可欠な要素だと思いますが、時としてそれがあの子が国主になった時に仇になるのではないかと思うことがあるんです」
「それはある。でも、それが仇となった時に助けるのが夏蓮であり武申だ。いや、二人だけじゃないな。僕にとっての朱麗や朱関、元亀様や劉六先生のような存在が助けてくれる。元秀にはそういう魅力を持っているさ」
「まぁ、あなたがそこまで仰るなら……」
「僕は自分のことを厳しい陽光を遮り一朶の雲でありたいと思っている。元秀には中原の民すべてが心地よく感じる春の日の風であった欲しいと思うよ」
自分が国主でいる時間はもうそれほど長くないかもしれない。そう思える樹弘はとても嬉しかった。
春陽の風 了




