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七国春秋  作者: 弥生遼
仮面の理
731/963

仮面の理~23~

 不安に陥った界號は、やがてその感情は怒りへと転化していった。

 『何故秩序を乱すのだ!』

 界號の怒りは義毘が自分を無視したということよりも、秩序を乱したという点に集中した。同じことのようであるが、界號の中では全く異なるものであった。たとえ義毘が自分を無視し続けたとしても、秩序を乱す行いがなければ界號は決して怒ることはない。義毘が泉商に送った書状を送ったこと自体が問題なのである。

 王が勝手に各国主に書状を送るのは慣例にないことだった。たとえ内容が私信であったとしても同様であり、どうしても送るというのであれば界公が内容を確認したうえで行われることになっている。当然これは義王が他の国主と直接つながることを防ぐためのものであるが、界號からすると書状を出されたことそのものが許せなかったのだ。

 「王よ!」

 界號は義毘に私室に怒鳴り込んだ。

 「無礼な。目通りを許可したことはないぞ」

 義毘は不愉快さを隠さなかった。

 「内密に泉公へ書状を出されたようですな」

 界號が問うと、義毘はばつの悪そうな顔をした。

 「出した。王妃への悔やみと、雪姫が催促であることを伝えただけだ」

 「内容などどうでもいいのです。何故勝手なことをなさる!王が勝手に国主に書状を出すことは古来より禁じられております。必ず界公―私を通していただきたい!」

 義毘は目を丸くしていた。界號の剣幕に驚き、理解できぬという風に顔をしかめていた。

 「それは悪かった。しかし、それほど血相を変えるほどか?」

 「それほどのことです。王がなさっていることは中原の秩序を壊す行いです」

 すでに秩序は崩壊している。義毘が泉商へ書状を出した時点でもう崩壊しているのだ。そのことが、そのことが義毘には分からぬのだ。

 「秩序秩序とやかましいことだ。界公、もっと冷静になれ」

 「やかましく言わせてもらいます。秩序が乱れるということは……」

 「やかましいわ!」

 義毘は机を叩き、声を荒げた。

 「界公は口を開けば秩序秩序と言う!うんざりだ。余は自己の意思を押し殺してまで秩序とやらを守らねばならんのか!中原の秩序とはそれだけのことで崩壊するものなのか!」

 余には分からぬ、と義毘は息を切らした。分からぬのは界號の方であった。

 「王とはそういう存在でございます」

 「王とは自己の意思を持ってはならぬのか?王とは中原の支配者であるのに、自己の意思で何もできぬのか?」

 王とはそういう存在でございます、と界號が再度言うと、それは聞き飽きた、と義毘はため息を交えて漏らした。

 「つくづく残念だ。静公は余を垂簾から出してくれようとしていた。それが実現しておれば、余はこんなに苦しむことはなかったのだ」

 界號の鼓動が速くなった。どうして、それを知っているのだ。

 「どうしてそれを……」

 「泉公が教えてくれたのだ。おお、今からでも遅くはあるまい。今度は泉公を中心として……」

 「な、なりませぬ!」

 それだけやってはならない。そのようなことがなれば、完全に秩序が崩壊する。中原は終焉を迎えてしまう。

 「界公。お前は口を開けば秩序と言うが、単にお前が界公としての地位と特権を失いたくないだけではないのか?」

 違う。そうではない。中原の秩序を保つためなら、進んで界公の地位を降りるつもりでいる。しかし、界號が界公の地位を降りること自体が秩序を破壊することではないか。

 「違います。私は……」

 「下がれ、界公。余が王だ。秩序が必要であるのなら余が作る」

 下がれ、と義毘が繰り返した。

 義毘が秩序を作る。そのようなことができるはずがない。いや、秩序というものは作るのではなく、そこにあるものなのだ。それを作るなどと言い出す者は破壊者以外の何者でもない。

 「王よ……。私を退けて、どのような秩序を作られるというのですか?」

 「さてな。少なくとも王妃のような女性を愛し続けられるようにはしたい」

 下がれ。義毘の声が冷ややかに聞こえた。

 『この王は……』

 結局自己のためか。他者には自己の地位と特権を失いたくないだけと糾弾しておきながら、自分は自分のために王であろうとする。この王は……



 王であってはならぬのだ。

 


 頭の中で何かが芽生え弾けた。

 そこからの界號は本能で動いていた。懐中の短刀を取り出すと、鞘を抜き捨てた。短刀を構え、まるで警戒していない義毘の背後に近づいた。

 躊躇いはまるでなかった。短刀を振り上げると、そのまま義毘の首筋に突き刺した。

 義毘は獣のような声をあげてそのままばたりと倒れた。ぴくりとも動かない義毘は血の海に沈んでいった。

 

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