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七国春秋  作者: 弥生遼
仮面の理
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仮面の理~18~

 義王の婚姻の話は綺麗にまとまり、慌ただしく準備が進められた。

 特に泉商は忙しい。義王への嫁入りには古式に乗っ取った衣装や調度品が必要で、それらは泉国の費用で行われることになる。

 「水姫を乗せて界畿へと向かう馬車は十乗となっている。数を増やすわけにはいかぬらしいから、どの馬車も贅を尽くした最高のものを作れ。それと王に収める絹織物も黄金糸を使ったものを、武具も金剛石、金銀をあしらったものを作るのだ」

 泉商は張り切り、必要以上に豪華な調度品を整えた。泉水姫を乗せた馬車の隊列が出発したのは賈陰が使者に来てから半年以上後のこととなった。その馬車の壮麗さは古今東西類を見ない、と言われるほどであった。

 一ヶ月ほどの時間をかけて馬車の隊列は界畿に到着した。通常、泉春から界畿までは一ヶ月もかからないのだが、泉商はゆっくりと進むように指示していた。泉国から界国へ行くには必ず静国か翼国を通過しなければならず、泉商は静国を通る道筋を選んだ。これは孫娘が義王に嫁ぐことを静公に見せびらかす意図があったことは間違いなかった。尤もこの頃、源桓が塞ぎ込んでおり、義王の婚姻のことなど頭に入っていなかった。

 界畿の門前では界號が迎え出た。泉水姫の馬車が界號の前で停まった。界號は膝をつき、平伏してから頭を上げた。

 「臣、界號にございます。この度、王妃を迎えることができましたことをお喜び申し上げます」

 「泉水です。よしなに」

 泉水姫が馬車の窓から顔を出した。確かに美しい顔立ちをしている。この美貌なら義毘も気に入るだろう。

 『そもそも王の女の好みなど知らんのだがな……』

 界號は苦笑した。義毘には王となってから一通りの男と女の道を教えてある。但し、界家に仕える下女から年のいった容姿もそれほどではない女をあてがっているので、問題はないだろう。ほとんど女を知らぬ義毘からすれば、泉水姫はこの中原で唯一の美女と見るであろう。

 「それでは後程、義央宮でお待ちしております」

 馬車の隊列が進みだした。泉水姫は一度界號の屋敷に入り、そこで衣服を改める。そして深夜、義央宮へと入り、いきなり義毘と褥を共にするのだった。


 夜となった。界號は再び泉水姫と対面した。場所は義央宮の後宮。迎えるのは界號の他はこれから泉水姫付となる侍女ひとり。

 「これより王の寝所にご案内いたします。あとは作法通りに」

 界號は平伏しつつも、少し顔を上げて泉水姫を見た。肌が透けるような薄衣を着ていた。侍女が持つ紙燭しか光源がないが、きめの細かい美しい肌をしているようだった。体つきも申し分ない。

 「よしなに」

 泉水姫が屈託のない笑顔で言った。界號は再度平伏し、泉水姫を先導し、義毘の寝室へと案内した。

 泉水姫が寝室に入ったのを見届けると、界號はそのまま隣室へと移動した。界號の仕事はまだ終わらない。義毘と泉水姫が無事に初夜を迎えられるかどうか見届けなければならなかった。

 界號は壁際に座りじっと聞き耳を立てた。壁の向こうは義毘の寝室である。見届けると言っても壁に穴が空いていているわけではない。王の睦事を除き見ることなど流石にできるはずがなかった。この壁際で聞き耳を立てて事が行われているか確認するのであった。

 『なんとも嫌な役目だ』

 他者の睦事を盗み聞くなど市井の助平爺のすることである。国主たるものがそのようなことをするなど外に漏れれば笑いものとなるだろう。それでも界公に課された責務である以上、やらねばならなかった。

 しばらく男女の会話が聞こえた。何を話しているか皆目分からなかった。その会話が聞こえなくなると、やがて泉水姫のものと思われる嬌声が聞こえた。その声は初めて男を受け入れる女性のそれとは思えず、界號は首をひねった。

 『泉水姫は乙女ではなかったのか?』

 そんなことあるまいと思った。十六歳の宮城住まいの姫がすでに男を知っているなどあり得ないことだった。界號もそれなりに男女の道には通じている。生娘であっても、男を喜ばすほどの声を上げる娘はいる。界號はそう思うことにした。

 『寧ろ、この声ならばしっかりと確認出来てよいわ』

 界號は夜が明けるため壁際での確認作業を行った。泉水姫は界號が数えただけでも四回は絶頂に達していた。

 「この様子であるならば懐妊されるのに時間はかからぬだろう」

 界號は安堵した。ひとまず男児が産まれれば、界號としてはそれでよかった。

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