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七国春秋  作者: 弥生遼
仮面の理
725/963

仮面の理~17~

 綻びが生まれたのは義毘の娶嫁の話が出た頃であった。

 義毘は今年で三十歳となる。まだ婚姻をしてない。中原においては君主の立場にある者は早ければ二十歳ぐらいには妻を娶るものなのだが、義王の場合はこれに当てはまらなかった。それは娶嫁については独特の風習があるからだった。

 義王は妻を娶り男児を産ますと、国母として界国内に留まるということがなかった。要するに実家へと返されるのである。当然、産まれた子が一人では心もとないので、また別の妻女を迎えることになる。これもまた義充から続く伝統だった。義充は当世最高の美女といわれた翼公の子女を妻として迎えたが、初夜の場でこの妻女は、

 「なんと気持ち悪いお顔。生まれてくる子が可哀そうです」

 と言ったという。その言葉に深く傷ついた義充は翼公の娘と離縁した。

 「これより先は妻などいらぬ。しかし、子が必要であるのなら、子が産まれてすぐに離縁する」

 義充は延臣の前でそう宣言した。政治面では臣下の言を聞く君主であったが、私生活においては常に我を通してきた。延臣達は義充の意を汲むと同時に、意見したところで聞かぬであろうと諦め、これを認めた。それが義王の慣習となった。

 「さて、義毘様も王となられたからには娶嫁を考えねばならん。相応しい相手がいるか?」

 界號は賈陰に諮問した。

 「そうですな。年頃の娘ということであれば一人おります」

 すでに調べていたかのように賈陰は即答した。

 「誰だね?」

 「泉公の孫娘です」

 「いくつだ?」

 「十六歳と聞いております」

 年頃だな、と界號は思った。

 「孫娘と言ったが、太子の娘か?」

 「左様です」

 それならば家柄としても申し分ない。

 「よかろう。賈陰よ、使者として泉国に向かい、この話を進めて来てくれ。もし、その孫娘が義王の妻として相応しくないと判断した場合は帰ってきてよい」

 「承知いたしました」

 賈陰は早速に使者として泉国へと出発した。一応泉公の孫娘の人となりを確かめさせるつもりであったが、事実上決定したのも当然であった。


 義王の妻を泉国から迎える。賈陰が使者として行くに先んじて、先触れの書状が泉商に届けられた。この話を聞いた泉商は大いに喜んだ。

 「なんの異論があろうか。使者を丁重にもてなす準備をせよ。いや、賓客として余自らが国境まで出迎えよう」

 延臣達が呆れるぐらいに浮かれはしゃいだ泉商は誰に相談することもなく即断した。張本人である孫娘の意思を聞くことすらなかった。

 「主上、古来より国境まで迎えるのは相手が王か国主と限られています。あくまでも使者ですので泉春の門前でよろしいかと思います」

 延臣の一人に窘めれ、国境で使者を迎えることは断念したが、賈陰が泉春に到着する数日前から興奮して眠れる日々を送ることになった。


 使者となった賈陰は泉春宮で泉商と対面した。まだ正式な勅使というわけではなく、事前に泉商の意中と、孫娘の人となりを知る必要があった。

 「今回、義王より泉公の孫娘を妃として迎えたいという内意を戴きました。泉公の御心はいかがでしょうか?」

 「余としては異論はない。喜んで我が孫娘を王のもとへと送り出しましょう」

 泉商は満面の笑みで即答した。おそらくこの男は深く考えることなく決断したのだろう、と賈陰は密かに思った。

 「それは祝着にございます。それで、孫娘はどのような御方ですかな?」

 「おお、ちょうどよい。ここから見える中庭で茶をしている。見られるがよろしかろう」

 勿論、賈陰に見せるために事前に中庭にいるように孫娘に指示しておいたのである。泉商が窓際に賈陰を招いた。

 「あれです。東屋で白い服を着て茶を飲んでいるのが、我が孫娘、泉水姫です」

 少し離れたところの東屋で若い女性が侍女と楽し気に会話をしながら茶を喫していた。鼻筋の通った見目美しい女性であった。容姿だけならば義毘も気に入るであろう。

 「良きお嬢さんでありましょう。王の妃には申し分ないと見受けられます」

 「それはよかった」

 泉商はほうとため息を漏らした。賈陰に否と言われるかもしれないと思っていたのだろうか。家宰の身分で国主の心情を左右しているというのは悪い気分ではなかった。

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