仮面の理~16~
義毘という王は存外素直な王であった。
表情が乏しく、何を考えているか分からぬところはあったが、界號のいうことには素直に従った。分からぬことは分からぬと言い、界號が助言をするとお決まりの『そうか』という言葉を言ってからそのとおりにした。
ただ、申し分がないとは言い難かった。界號は気になったのは、言葉や態度の端々に尊大な色合いが時折見え隠れすることだった。義毘は王であり、中原を統べる存在であるから尊大な態度というのはある意味で当然で責めるべきことではないのかもしれないが、それ以前のこととして教えを受けたのであればそれに対して礼を述べるべきではないのか。それが礼であり、秩序を維持するのに必要なものではないか。
『王には礼節というものをお教えする必要がある』
界號は時を見て義毘に礼節というものを説いた。
「王は至尊の存在でございます。ですが、王とはいえども人でございます。人と人の間には礼が必要であり、礼があることによって人と人の間で起こり得る摩擦を回避できます。王におかれましては、ぜひとも他者との礼節をお学びください」
「礼ならば知っておる。知に会えば頭を垂れ、母父と師に会えば額ずき、主君と祖霊に会えば三拝すべしということであろう」
心外な、という顔で義毘は反論した。
「それは『礼節記』の一文でございます。文字で覚えるということと、実際に行うというのでは訳が違います」
『礼節記』とは人と人との礼節について記された書物である。非常に古い書物であり、作者も不明ながらも現在でも礼の教本として重宝されていた。
「実際で行うか……。しかし、余は知人はおらぬし、母父も知らぬ。師などもおらん、わずかに祖霊のみを知っている」
義毘はやや悲し気に目を伏せた。確かに義毘は幼くして父母から引き離されて界亜伯に育てられ、義央宮から出ることはない。知己ができるはずもなく、わずかに界亜伯のみを師とできるだろう。なるほど、実戦をする場と機会がなかったということか。
「それならば畏れ多いことですが、まず私を知とし、師となさってください。それで礼節というものを覚えていただければいいのです」
界號は半ばほくそ笑んだ。社会というものをまるで知らぬ義毘は界號の言いなりになるしかなかった。これならばこの王が秩序を乱す側に回ることはないだろう。
「そうか。號が知であり、師か」
義毘の悲し気な顔が少しだけ和らいだ。
服喪を終え即位してから半年。一つの節目となる儀式があった。各国の国主を界畿に招き、王に即位したことを宣誓しなければならなかった。
この儀式についても国主自らが参集しなければならないのだが、やはり代理として閣僚などが赴くことが慣例となっていた。
今回もそうなるだろう、と界號は睨んでいた。源桓が行った会盟が失敗したことにより、国主達の団結は乱れている。まだあの会盟の記憶が新しいのに、国主達が顔を合わせることはないであろうというのが界號のよみであった。事実、そうなった。
各国の代理人は丞相や閣僚など様々であった。彼らは弔問の時と同様に同じ敷地内にある宿舎に集められた。界號はそこに行き、彼らと対面した。
「この度は新しきの王の即位。まことに喜ばしい限りです。界公におかれましては王の即位までのご苦労、各国国主に成り代わり感謝申し上げます」
各国を代表して泉公の代理人が界號を前に言上した。泉公の代理人は太子の泉紂。六国の中で最も格上の代理人であった。
「ありがたいお言葉、痛み要ります」
「これは界公の苦労を慰めるものです。どうかお納めください」
泉紂は目録を差し出した。その中には各国からの贈り物がびっしりと記されていた。後日、これらの品々が界號のもとに届けられる。
「畏れ入ります。ありがたく頂戴いたします。明日、皆様を王のもとにお連れ致します。今宵は新王の即位をお祝いくだされ」
目録を頂戴した界號は代わりに各国の使者に対して酒を振舞った。これら一連のやり取りも慣例に従ってのものであった。
翌日、界號が扇動する形で使者達を義央宮へと案内した。謁見の間は特殊な作りになっている。義王の座る席は階段状になった壇の上にあり、その前に御簾が垂れ下がっている。界公のみが中断まで進むことができ、他の者達はたとえ国主であっても一番下で義王を仰がねばならなかった。これも義充より続く慣例であった。
「義王の御出座」
界號が節に乗せて宣言すると、使者達は一斉に顔を伏せる。それから義王がゆっくりと奥から進み出て席に座った。
「ご即位、おめでとうございます。臣一同、王に対して忠勤に励み、王の御心と中原が穏やかにならんことを誓います」
界號が代表するように言った。御簾の中の義毘はすっと立ち上がり。
「皆の忠心、心強く思う。よく励め」
義毘はそれだけを言って、そのまま御簾の奥へと消えていった。儀式はこれで終わりであった。ほんのわずかな時間であったが、義毘にとってのは初めて公の場に出ての儀式である。恙無く終わって界號はひとまず安堵した。




