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七国春秋  作者: 弥生遼
仮面の理
722/963

仮面の理~14~

 界號からの使者が源桓のもとに到着したのは開戦から一ヶ月後のことだった。

 「界公からの使者だと?」

 源桓は嫌な予感がした。あの事なかれ主義的な界號が何故使者を寄こしてきたのか。自分を激励するようなものではないことは確かだろう。

 「現在の界公は服喪中の義王の代理人です。親書に書かれていることは即ち義王の言とも思っていただきたい」

 使者の言上に源桓は眉をしかめた。中原の政治体制上、義王が幼少であったり病であったり、または今回のように服喪中である時は界公が義王のあらゆる行為を代行する。使者の言っていることは決して間違いではなかった。

 しかし、現在では当たり前になっている中原の制度を変革したい源桓にとっては、界號が義王の代理という立場に立って国主に命令に等しいことを言うのがどうにも不愉快であった。

 「謹んで拝読する」

 源桓は不快さを押し殺して界號からの親書を読んだ。読み進むにつれて界號は顔を青くしていった。

 『臣、界は憂慮している。王が服喪中であるにもかかわらず、戦が行われているということを。このような事態が起こったことは、王の服喪中に所持を預かる臣としては憂慮を感じずにはいられない。そもそも古来より、服喪の時は兵を起こさずというのが仕来りであり、歴代の賢主はこれを守ってきた。当代、覇者として中原を裁量している静公がこのしきたりを守らず、兵を起こしたことに憤りすら感じているところである』

 ここで界號が臣と記しているのは、あくまでも義王の家臣としての立場を強調したいからであった。

 界號の親書はまこと非の打ちどころがないほどの正論だった。今は義王の服喪中である。その期間に騒乱を起こしたのはまさに不正義そのものであった。

 勿論、源桓は義王の服喪中であることは承知していた。服喪中に兵を起こすことが無礼であることも承知している。そのうえで翼国に攻め入ったのは源桓の焦りと慢心がによるものであった。

 源桓は自己の正義を過信していた。自己の正義が王の服喪中に兵を起こすという無礼に勝ると信じており、その信念を押し通せると思っていた。だが、界號がそれを覆してしまった。義王の代理人という立場の人間が、源桓の擁している大いなる矛盾を突いたとなると、中原における正義は源桓から離れてしまうだけだった。

 『臣はここで静公に提案する。すぐに兵を退きき、連合軍を解散すること。さすれば臣が翼公にも話をつけ翼公にも兵を退かせるだろう』

 要するに界號は戦の仲裁を行いたいようである。

 『断れるはずがない!』

 すでに義王の服喪中に兵を起こした無礼が天下に晒された。ここで戦を続ければ源桓は傍若無人な暴君とされてしまう。それは耐えられなかった。

 「界公にお伝えくだされ。よしなに願いたいと……」

 源桓は歯を食いしばりながら界公の使者に返事をした。


 界號からの使者を受けて源桓は翼国から兵を退いた。章玲や龍火などは止む無しと言った感じであったが、泉商は不服そうな顔を隠さなかった。静国に続いて多大な戦力をつぎ込みながら泉国として得るものが何一つとしてなかったのだから、当然であるかもしれなかった。

 余談ながらこれ以後、源桓は覇者の地位から転落した。明かに気落ちし、会盟を開くこともなくなり、内政に対しての情熱も失ってしまった。そして馬道の会盟から五年後、弟に国主の地位を譲り隠遁した。

 源桓を覇者の地位から引きずり下ろすことに成功した翼比は、新たに自分が覇者にならんことを模索するが、そのような機会が訪れることなく、馬道の会盟から三年後に病死した。今際の際に、

 「何故、余にあと十年、寿命を与えなかったのか!」

 と繰り返し叫んだという。それほどのまでに翼比は覇者の地位に執着し、ついにはなれずにこの世を去ることになった。

 源桓の失意、翼比の死を見届けた条真は、我が時代の到来を予感した。しかし、国内で旧斎家の家臣団による内乱が勃発し、その鎮圧に東奔西走し、とても覇者となれるような状況にならなかった。

 さて、泉商である。源桓の腰ぎんちゃくと言われていた泉商は、源桓が失墜したことにより、寄るべき親を失った状況になった。しかし、泉商が賢明というかしたたかなのは、

 『余が静公にとって変わってやる』

 とは思わないことであった。強者に阿ることが処世術だと信じて疑っていない泉商は次なる宿木を探した。

 『やはり界公よ』

 今回の件で、義王の代理人たる界公の地位が絶大であることが改めて世に知れた。中原で泉国の地位を確固たるものにするには、やはり界公―界號に寄り添うのが一番だった。

 しかし、このことが大きな悲劇を生むことになった。

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