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七国春秋  作者: 弥生遼
仮面の理
721/964

仮面の理~13~

 条真は連合軍から離れ、単独で西行した。

 「主上もお人が悪い」

 条真の乗る兵車には参謀と言うべき男が同乗していた。名は条隆智。名臣といわれた条隆の息子である。父に勝るとも劣らぬ智謀をもって条真を助けていた。

 「そうか?」

 「翼公は当然ながら静公がいる連合軍本軍に向かうでしょう。我が軍は無人の翼国を行くことができます」

 「そうかもしれんが、静公が速攻で翼公を倒すかもしれんぞ」

 「それは無理でしょう。今回の戦で非のない翼公は積極的には戦わず、判定勝ちを狙ってきます。即ち界公による仲裁です。負けぬ戦をするだけですから、戦は長引きましょう。その間に我々は無駄な損傷なく、翼国を切り取ることができます」

 「流石は余の謀臣よ。見事に見抜いているな。だが、余としては翼国を攻めるつもりはない」

 洛水でしばらく滞在する、と条真は言い切った。

 「ほう。その御心は?」

 「翼公に恩を売るのさ。翼公はしたたかな分、道理を弁える。我が軍が動かねばそれだけでこちらの意図を察するだろう。今の我が国の国力で大国二つを相手するのは少々骨が折れる」

 この条真の発言は重大であった。条国はこれまで翼国と小競り合いをし、静国とは友好的でなくとも敵対関係にはなかった。その状況を一転させ、翼国と結び、静国と対立する道を条真が選んだことになる。

 「今回の戦で源桓は覇者の地位から転げ落ちるよ。そうなれば翼公が覇者にならんとしゃしゃり出てくるが、如何せん年だ。そう長くはない。さて、その次はどうかな?」

 「そこまで御賢察でしたら、臣の出番はございませんな」

 「そう言うではない。お前にはもっと働いてもらわねばならぬ。父上が今の余と同じ年齢の時、まだ市井の商人だったという。それが数十年かけて国を盗ったのだ。国主の地位から始まった余が天下を盗れぬはずがなかろう。そのためにはお前の頭脳はまだまだ必要だ」

 ありがたいお言葉です、と条隆智は恭しく拝跪した。


 源桓は完全に掌で踊らされていた。掌の主は界號であり条真であり、あるいは翼比のものであるかもしれなかった。どちらにしろ覇者としての実績に拘泥する源桓は、今回の会盟と戦の背後にある国主達の思惑にまで注視できなかったと言っていい。源桓の焦りは自己の目を暗くしていた。

 翼国に攻め込んだ連合軍は、迎撃のために出撃してきた翼比軍と衝突した。

 戦に自信がある源桓であったが、諸国の軍勢を合わせて戦うには慣れていない。過去に数度あるにはあったものの、野盗討伐など非常に小規模なものであり、大国相手の会戦はほぼ初めてであった。自軍なら各部隊を手足のように動かすことができたが、諸国の軍は源桓の思うままに動かず、連合軍は苦戦した。

 「ええい!煩わしいことよ!」

 こうなれば自軍だけで戦えばよかった、と源桓は後悔し始めていた。特に源桓を苛立たせたのは印国軍であった。印国は島国故に海上戦力は中原の中でも群を抜いて強いが、陸戦戦力は非常に脆弱であった。兵車の進退一つとっても鈍重であり、翼比も当然ながら印国軍という連合軍の弱点を狙っていた。

 『弱いとはいえ、見捨てるわけにはいかない』

 もし印国軍を見捨てれば連合軍は崩壊し敗走の憂き目に遭うかもしれない。何よりも覇者として許されざる行為であった。

 「泉公に印公を助けさせよ」

 源桓は苛立ちを隠さずに命令をした。

 腰ぎんちゃくと言われている泉商は忠実な部下のように働いた。泉商としてもここで翼国に負けるわけにはいかない。必死になって印国軍を助け、連合軍は窮地を脱することができた。勇んで翼国に攻め込んだ連合軍は負けたわけではないが、進撃はいきなり頓挫することになった。


 一方で翼比としては満足のいく展開となっていた。連合軍に対して負けない戦を繰り広げた。しかし、懸念はあった。

 「ふん、条国の軍旗が見当たらんな」

 連合軍の棚引く軍旗の中で条国軍のものが見当たらないこを気になっていた。そして、どうやら別動隊として動いている知って少々動揺した。だが、それはすぐに杞憂だと知れた。条国軍は国境付近をうろうろするだけで本気になって攻める様子を見せていないという。

 「はは、条真とやらは相当ずる賢いな」

 翼比には条真の魂胆がすぐに分かった。自分で源桓をけしかけておいて、いざとなっては戦に参加しない。そのずる賢さは唾棄すべきものがあったが、今は感謝するほかなかった。

 「ここはまんまと条真の掌で踊ってやることにしよう。今は源桓を覇者の座から引きずり下ろす方が先だ」

 間もなく界国から仲裁の使者が来るだろう。眼前に広がる連合軍の軍旗が力なく遠ざかるのはそう遠くなかろう、と翼比は予感していた。

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