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七国春秋  作者: 弥生遼
仮面の理
718/963

仮面の理~10~

 「条公が来るのか?」

 源桓は驚きを隠さず大きな声を出した。条国との国境を警備する部隊からの情報で、約五百名の兵士を率いているという。報せに来たのは部隊長本人であった。

 「会盟に参加すべしという主上の書状をお持ちでしたので越境を許可しましたが、それでよろしかったでしょうか?」

 「当たり前だ!」

 部隊長の言葉に源桓は声を荒げた。もし拒否などしようものなら会盟への誘い出した覇者としての源桓の面目が丸つぶれである。

 「驚きましたなぁ、条公が来るとは。いやはや、条公もついに静公の徳を慕うようになったのでしょう」

 源桓は泉商の軽口などもはや聞いていなかった。これは完全に想定外であった。

 「どういうつもりだ……」

 源桓には条真の意図がまるで分からなかった。斎公を追って建国された条国は多額の献金をもって義王に国として認められたが、各国国主は必ずしもこれを追認していなかった。条国のあり様を認めてしまえば、いつ自国で同じようなことが起こるか分からないからである。

 当然ながら条公―条真が中原の政治舞台に登場するのは初めであり、源桓達は初めて条真を見ることになる。条真からすれば自分のことを敵視している者達の中に飛び込んでくることになる。今の条真に会盟に参加することによる利点があるようには思われなかった。

 「きっと条公は国主となって静公に呼ばれたことを喜んでいるのでしょう」

 泉商が随分と適当なことを言った。簒奪者である条元の息子である。そんな男がしおらしいはずがなかった。

 「ともかくも、来ると言っている以上、拒むことはできないか……」

 こうなれば条公でも構わない。味方に引き入れてしまえ、と源桓は腹を括った。


 五日後、条真が馬道に到着した。すでに印公―章玲も到着しており、馬道の地に五人の国主が揃ったことになった。

 「いやいや、遅くなりました。生まれて初めて国の外に出たものですから何もかもが珍しく、ゆるゆると来てしまいました」

 会談が行われる静国の陣営に訪れた条真は遅参したことを悪びれる様子もなかった。

 誰しもが初めて見る条公―条真。その姿を見て源桓達はただ驚くだけであった。

 『なんという矮躯だ……』

 条真は同じ年齢だという。しかし、身長は源桓の胸元あたりまでしかなく、前に立った条真は源桓のことを見上げていた。それでいて臆するようなところはなく、まるで長年の知己に会ったかのような気軽さを見せていた。

 ともかくも、条真の到着により会盟が開始された。主座には源桓。

 「要件はすでにご存じでござろう。私はかねてよりの慣例となっていた義王の垂簾政治を辞めていただき、中原の王として君臨していただきたいと思っている。覇者という時代によっては現れるかどうかも分からない曖昧な存在が中原の紛争を解決するのではなく、永久不変の象徴として義王が常に中原の統治していただく方が将来に対してもよろしかろうと思っているからだ。すでに泉公、龍公、印公には賛同いただいている。条公におかれてはどのように考えておられるか?」

 会盟と言いながらも事実上、条真の意見を聞く場となった。ここの条真の発言次第で会盟の行方が決定されることになる。

 「いやはや、流石は覇者である静公らしい尊いご意見でございます。勿論のこと、賛成でございます。もとより古き良き中原とはそのような政治体制であったと聞きます。それに戻すことになんの躊躇いがありましょう」

 条真は明瞭に即答した。その澱みのない溌剌した声色に源桓はやや気圧された。

 『この男は見かけで判断できぬ』

 人は見かけで判断される生き物であるかもしれない。その人の精神や性格などは会ってその口から発せられる声と言葉の内容を聞かない限りは知ることはできない。しかし、見かけの容姿などは一目見れば判断できる。要するに初対面で人物を品評するにはまず見かけで判断するしかないのである。

 その意味では条真の体躯は損をしている。まるで子供のような身長は大人として嘲りを受けるのは必至であった。しかし、当の条真はまるでそのことを気にしていなかった。


 逸話がある。父である条元は条真の身長が伸びないことを気にしていた。その頃の条元は拠点である栄倉にいることが少なく、次に会う時は身長が伸びていると期待しても、条真の身長はまるで変わらなかった。

 「何かの病気ではないのか?」

 条元は心配したが、留守と養育を任されていた妻の条耀子はからりとして応じた。

 「何を言っておるのだ、旦那様。この子の体は小さいが、人一倍の英気が詰まっている。身長がない分、英気は凝縮され綺麗な結晶となっておるわ」

 実に条耀子らしい言い方だと条元は思った。なるほど体躯は小さいが、この子はそれを一度も引け目に感じたところがなく、寧ろ堂々としている。

 「この子は見かけて損をすることもあるだろう。しかし、その損を二倍や三倍にして取り返すだけの才知に恵まれるだろう」

 条元はそう言って、以後、条真の体躯を気にすることはなかった。


 その条真が国主となり、中原の趨勢を左右しようとしていた。

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