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七国春秋  作者: 弥生遼
仮面の理
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仮面の理~8~

 翼比に己の提案を拒否された源桓は自ら出向いて説得しようと試みた。その姿勢が翼比をさらに不快にさせた。

 「静公はよほどお暇と見受けられる。自国の内政だけではなく、覇者を自認して他国の紛争にも顔を突っ込んでおられるのに、わざわざかように些末なことを余と相談したいなどとは……」

 翼比は会談をしたいという源桓の書状を持った使者に対して皮肉を交えて返答した。

 「暇とは心外な……。しかも些末な相談とは聞き捨てなりません。我が主は中原の安寧と発展を思って申し上げているのです」

 使者は噛みついた。主のことを悪く言われて平静ではいられなかった。

 「黙れ!使者如きが国主に物申すな!」

 翼比は嚇怒してみせた。使者が噛みついたことを本気で怒っているわけではなく、決して賛意することはないという意思の表われであった。

 翼比としては源桓と議論するつもりはなかった。議論が苦手ではなく、論戦を挑めば源桓をねじ伏せる自信があった。ただそれをあえてしないのは、義王を中原の中心に据えるという議論をこれ以上させないためであった。

 もしここで議論を継続させれば、服喪が終わった後にこの議論について義王が耳にするかもしれない。それでもし義王が源桓の主張を良しとして、王を中心とした政治体制が整えば、少なくとも翼比が覇者となることはなくなってしまう。老いたりとはいえ、覇者となる野心を捨てていない翼比としてはこの議論自体を抹殺しなければならなかった。

 「帰って静公に伝えろ。余は不同意であるとな」

 翼比はにべもなかった。使者は失意のうちに帰国した。


 翼国から戻った使者から翼比の言葉を聞いた源桓は失望を禁じえなかった。

 「どうにも我が意を伝えるのは難しい」

 この期に及んで源桓は自分が誠意を尽くして説得すれば翼比も納得してくれると信じて疑わなかった。それほど自分の提案に自信を持っており、それが絶対的な正義であると思っていた。

 『我が主の健気なものよ』

 延臣達は源桓の純粋な正義心に感動しつつも、彼らは翼公の老獪さを知っていた。覇者への野望がある翼比が現在の覇者である源桓を揺さぶるために反対しているだということを主君に伝えねばならなかった。

 「主上。翼公はさしたる定見がありません。主上に成り代わり覇者とならんことを欲するあまりに主上を困らせるため反対しているのです」

 延臣の一人が言うと、源桓は被りを振った。

 「他国の国主を悪く言ってはならん」

 源桓という国主の欠点は底抜けに人がよいということであった。自分が純粋なだけに他者もそうであろうと思い込むところがあり、国主たる者は詐術など用いぬということを強い信念としていた。しかも困ったことに源桓は翼比を自分に匹敵する賢君であると思っており、密かに尊敬すらしていた。

 「主上のお気持ちは分かりますが、この世には主上の理屈が通じぬ御方もいるのです。ここは翼公の説得を諦めて他の国主の賛意を取り付けてはいかかでしょうか?自分を除くすべての国主が賛同すれば翼公も否とは言えないでしょう」

 「ふむ……そうだな」

 延臣の意見をしっかりと聞く。これも源桓の良きところであった。延臣達が源桓の純粋さに振り回されつつも、この主君を盛り立てて行こうと思えるのは、まさにこの聞き分けの良さであった。

 「すでに泉公は余と肝胆相照らす仲だ。印公や龍公も賛意する内容の返事をもらっている。条は……まぁ、よいか」

 この頃、条国はまだ建国されて間もなく、その存在は義王によって認められてはいたが、源桓は表向きはその存在を容認しつつも、内心ではその存在を苦々しく思っていた。自分がもっと早く静公となっていれば条元の横暴をきっと許さなかったであろうと思っていた。

 「そうなればやはり界公になんとしても諾と言ってもらわねばならない」

 義王の最も近くに居てこれを補佐しているのは界公である。界公の賛同がなによりもの鍵となるだろう。

 しかし、先程の談判を振り返ってみれば、界號の反応は極めて鈍い。界公は代々、秩序にうるさく先例を貴ぶ傾向にあるという。界號が源桓の主張に消極的なのは、あるいはそれが理由であるかもしれない。

 「こうなれば余の意見に賛同している国主達と会盟し、そこで一致した意見として界公にお伝えしよう。なんならそのまま国主達と連れ立って界畿に赴いても良い」

 そうしよう、と源桓は決断した。延臣達も理由がどうあれ主が会盟を行うことに異論はなかった。

 「それでは馬道で行いましょう。あそこなら界に行こうございます」

 延臣のひとりが提案すると、源桓はそれがよいと満足そうに頷いた。こうして後世に名を残す『馬道の会盟』が行われることになった。

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